博麗神社例大祭6新刊『天体万華鏡−本詰妖精 弐−』試し読みA

※こみっくトレジャー13にて、おまけペーパーに掲載したものです。本編未収録ですが、内容的には本編と被っています。


『本詰妖精 弐 ―天体万華鏡―(準備号)』 【幕間】


 森が寝静まる夜。私達のような妖精も、寝床に入って大人しく次の日の朝日が昇るのを待つ時間だ。
 あれだけ大喧嘩をしていたサニーもルナも、今は静かに寝息を立てている。
 ルナに至ってはもう何時間も前から自分の部屋から出てきていない。
 今日の出来事を微睡みながら思い返していると、ふと何かが動く気配がして私はうっすらと目を開けた。
 だけど明かりを消した家の中は真っ暗で、外から入ってくる月明かりがかろうじて輪郭を浮かび上がらせている程度しか見えない。

(気のせいか……)

 そう思って今度こそ寝ようとしたとき、やっぱり何かが動く気配がして私は今度こそ完全に目を覚ました。
 部屋の中、確かに何かが動いている。だけど物音は一つもしない。
 それで私はその正体にピンと来た。
 こんな夜中に寝床を抜け出して、しかも私達に悟られないように物音を消すことができるのは、ルナくらいなものだ。
 そっと寝たふりを装いながら、入り口へと視線を向け続けていると、ドアが開いて誰かが出て行くのが見えた。
 月明かりに照らされたその姿は、やっぱりルナのもの。
 念のため窓から様子を見てみると、白いドレスを閃かせながら森の奥へと歩いていくルナの後ろ姿が確認できた。
 ドアが完全に閉まった後、私もすぐに着替えて自室から降りた。
 そして見失わないように気配を探りながら家を後にして、ルナの後を追って森の奥へと入っていった。

 ルナがこうして夜中に家を抜け出すのは、なにも珍しい事じゃない。
 今までも度々一人で勝手に出歩くことがあって、その度にヘンテコながらくたを持ち帰ってきている。
 だけど今日はいつもとは何かが違った。感じる気配は変わらないけれど、なんとなく違う――言葉ではうまく言い表せないけれど、
 違和感……のようなものをルナの影から感じたのだ。

 夜中は獣も他の妖精も寝ているため、感じる気配は少ない。おかげでルナらしい気配を掴むことはすぐにできた。
 その気配を追ってしばらく進んでいくと、ルナの姿を発見することに成功。
 ルナは何をするでもなく、ただひたすらに暗い森の中を歩き続けている。
 がらくたを探しているようにも見えないし、どこか行き先が決まっている様子でもない。
 いつもとは違う雰囲気を感じたのは、どうやら正解だったみたいだ。
 だけどやってることは、ただの散歩。気になって追いかけてきたけれど、はっきり言って退屈だ。
 このまま歩き続けるだけなら帰ろうか、ちょうどそんなことを考えたときだった。
 ルナは手頃な木を見つけると、その枝に腰掛けた。何をするつもりなのか、私はその動向を草陰に隠れた位置から観察する。
 だけどルナはこれまた何もせずに、ただただぼーっと月の昇った夜空を見上げているだけ。
 時折、頭をうつむかしたり、横に振ったりして挙動は不審だけど、その場を動きもしないけれど、しばらく観察していて、ようやくルナがこんなことをしている理由がわかった。

「はあぁ……」

 今の魂まで抜けそうな溜息は私のものじゃない。ルナはさっきからずっとこんな調子で溜息を吐いている。原因は昼間のこと以外に考えられない。
 ルナはルナで、自分の鈍くささに嫌気がさしているんだろう。別に私はそんなこと気にしなくても良いと思うんだけど。
 まぁ、落ち込んでいる所を誰かに見られたくないから、わざわざこんな夜更けに家を飛び出したのなら、問題ないだろう。
 さんざん気にしても、どうせ自分なんてものは、そう簡単に変えられない。
 考え方なら、ちょっとした切っ掛けで変えられるだろうけど、ルナの問題はもっと別の所にある。
 いくら悩んで落ち込んでも、それがどうにもならないことだと気づくのはすぐのはずだ。そうでなきゃ、妖精なんてやってられないんだから。

「さて、この調子なら夜が明けたら戻ってくるわね――」

 しばらく様子を見て、これなら大丈夫と思った私の目に、不意に別の存在の気配が飛び込んできた。
 それはあまりにも突然に、不自然に現れた、途方もなく巨大な存在感。

「何なの、この気配は」

 おそるおそるその気配が現れた方向に視線を向けると、そこにはルナと対峙する一人の女の人。
 見た目は人間だけど、感じる気配は明らかに妖怪のそれだ。
 しかも強大なんてものじゃない。危険すぎる。存在そのものがこんなに危ない妖怪なんて、そうそう居ない。
 ルナは……やっぱり逃げ切れていない。私にできるのは、様子を見守るくらいだ。
 幸い相手の妖怪に攻撃する様子はないけれど、いつルナが危害を加えられてもおかしくない。
 二人は何か話をしているみたいだけど、ここからじゃよく聞こえない。

「よし……」

 私はもう少し側に近づいてみることにした。危ないのは承知だけど、このまま逃げかえって、もしルナが戻ってこなかったら……。
 なんとか二人の声が聞こえるぎりぎりの距離まで近づくことに成功した私は、耳を澄まして会話に集中する。

「……バカにしてるんですか」

 ちょっ、ちょっとそんな妖怪相手に、ルナは何を言ってるの!?
 そんなことをして、自分から攻撃してくださいと言っているようなものだ。
 案の定、妖怪の雰囲気が変わり、彼女は軽く溜息を吐いた。それだけで済んで私は思わず安堵の息を漏らす。

「まったく、昔のことを顧みないでいつも同じ失敗ばかり。身の丈も知らずに愚鈍なことばかりして。
 それだから妖精はいつもいつもバカにされ続けているのよ」

 その妖怪の言葉は私に向けられたものじゃない。だけど、それは私にとっても重い言葉になってのし掛かる。
 私は妖精として生きてきたけど、そんな風に考えたりはしなかった。考えなかった、と言う方が正しいかもしれない。
 過去のことを気にしても意味はない。今という時を、ただ生きるのが私達妖精なのだ。だけど、だからこそ妖精という存在がバカにされ続けている。
 バカにされたいとは、いくら妖精でも思わない。
 知能がないから、バカにされても気づかなかったり、すぐに忘れてしまうから、そう見えることが多いだけだ。

「だから……妖精はバカにされる、か」

 その妖怪はとても胡散臭く見えたけれど、その口から発せられる言葉だけは何故か考えさせるだけの重みがある。それを間近で聞いているルナは一体どんな気持ちでいるんだろう。
 私は再びルナ達へと視線を戻して、様子を見る。
 だけど、次に聞いた言葉は私に更なる衝撃をもたらした。

「あなたには妖怪として生きる道を選ぶ権利がある」

 それは紛れもなくルナに対して放たれた言葉だ。ルナが妖怪として生きる? そんなこと、できるはずがない。第一、妖怪になったら私達の関係はどうなってしまうのか。

「本当に?」
「あら、興味が湧いてきたのかしら」
「そ、それはっ……」

 隠しきれていない。ルナはその言葉に少なからず期待を感じていることを、私はルナの言葉の端から感じ取る。
 妖精と妖怪では、その差には埋めることのできない差がある。どうしたってその差が縮まることはない。
 方法があるとすれば、やはり妖怪になる以外にはないのだろう。
 その可能性が無いはずの方法を、自分なら選ぶことができると言われて、まったく無視できるほど私達は無欲じゃない。
 強靱な体、明晰な頭脳、そして何より強い力――少なくとも、今の妖精としての存在よりは遙かに上位の存在になれるのだ。

「ルナ……まさか即決なんてしないわよね――って、なっ、なななななっ!?」

 思わず大声を上げそうになって、わたしは自分の手で自分の口を塞いだ。視線の先には先ほどまでと同じくルナと妖怪の二人が居る。
 しかしその二人が取っている行動に、私は驚ろくやら、赤面するやら、もう頭の中がグルグルと訳の分からない思考で満たされてしまう。

「な、なんでキスなんて……」

 顔を抑え、指の隙間から長く口づけを交わす二人の様子を見つめる私。こんな出歯亀行為、私の方が悪いことをしている気になってしまう。
 けれど、一体何だってあんなことをしているのだ。まさかあの妖怪もルナに気があるんじゃ……。
 しばらくそのままの状態を続けていた二人は、しばらくしてようやく体を離す。その瞬間、ルナは崩れ落ちるように倒れてしまった。

「あらあら、妖精には刺激が強すぎたかしら」

 妖怪は何も困った風を見せず、むしろ可笑しそうに笑いながら呟いた。ふと、その視線が私の方に向けられる。
 ――見つかった!?
 そう思ったときには、一瞬で妖怪の姿は見えなくなり、周囲からもそれらしい気配は全く感じられなくなった。

「あれは……あいつは一体……」

 どこかであったような気もするけれど思い出せない。
 それよりも今はルナだ。私は倒れたままピクリとも動かないルナに駆け寄った。

「ルナっ、ルナっ」

 抱き寄せて呼びかけてみるけど反応はない。ただ、意識を失っているだけとわかって少しホッとする。あの妖怪に精気でも奪われたのかもしれない。

「それにしても……ルナはさっきの話をどうするつもりなのかしら」

 これはサニーに話すべきか。あの子のことだから、下手に全部話すと何をするかわからない。
 頭は良いくせに、それに見合う行動が伴わないから付き合う身としては大変だ。
 ともかく、ここでこうしていても埒があかない。
 私はルナを背負うと私達の家へと戻ることにした。

 この夜の出来事が、これから先私達にとって、大きな障害になりそうな、そんな予感を感じながら。


〜完全版本編へ〜


☆コメント☆(オマケペーパー掲載時のものです)

 この度は、うちの同人誌を手に取っていただきありがとうございます。小説サークル『雨水溜まり』の雨虎です。
 今回は冬コミ時に配布したコピー本の再版しかできないのですが、せめてイベントに来てくれた方には違うものを、と考え、いつものおまけペーパーを大幅に変更してみました。
 この話は準備号のルナ版とサニー版のどちらを購入された方も楽しめる内容になっています。特にサニー版の方にとっては、ラストシーン(本編では導入ですが)に至る経緯が気になる所。
 本当は本編まで待っていただくつもりでしたが、このイベント限定で、一足お先にお楽しみ頂こうと、そういう所存です、はい。
 本編完成版は受かっていれば、3月8日の第6回博麗神社例大祭にて配布予定です。現在鋭意進行中で、予期せぬアクシデント等がない限りは落としません。
 書店委託等も考えているので、準備号を読んで気になった方は宜しければお手にとっていただければと思います。


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