ウルトラ上手に焼けますか? byスター
「そういえば、海ならではの何か特別な遊びがあるのかしら?」
サニーが見せる幻の海辺。
変わったのはあくまでも景色だけであって、霧の湖であることに変わりはない。
だからせめて海らしいことをして、気分だけでも盛り上げられないものかと、私は質問を投げかける。
「そうね。ここに丁度良いモノがあるわ」
答えたのは、海を作り出したサニー……じゃなくて、ルナの方だった。
その手には見たこともない書物がある。色取り取りの写真と文字が並ぶ、薄っぺらい本だ。
「それ、何よ」
「この間、水着を拝借しに道具屋に行ったでしょ。その時に、海に関する書物ももらっておいたの」
普段はいつも転んでばかりのルナにしては、ちゃっかりしている。
私はルナからその書物を受け取って、パラパラと目を通した。私にはルナほど嗜む趣味はないけれど、文字くらいは理解できる。
どうやら外の世界の書物らしく、中には海で遊ぶ人間達の姿が収められている。絵が多いので理解するのも楽で良い。
「こんなことして何が面白いのかしら」
びにぃるボールと網を使って何かの試合をしている人間、細長い板に乗って水に浮く人間、見たことのない形の船に引っ張られている人間――――どの人間も作ったような笑顔を浮かべて遊んでいる(様に見える)。
その中の1頁。
暑い陽射しの下、布地の少ない水着を着て仰向けに寝転がる、目元にはレンズを黒く塗りつぶした妙な眼鏡を掛けた人間の女。
他の写真と違って、その様子は遊んでいる様には見えない。本当にただ寝ころんでいるだけなのだ。
「これは、何をやっているのかしら」
興味を惹かれたという点では間違っていないので、私はそのページの文字に目を走らせる。
するとそこにはこんな言葉が書かれていた。
『今年の夏はこんがり小麦色に焼いて、ビーチの視線を釘付けに』
焼く、というのは陽射しで肌を焼くことらしい。わざわざ日焼けをするために寝転がっているのだそうだ。
人間――外の人間は特に――というのはどうにも理解に苦しむ行動を取るものだ。
しかし、この『日焼け』という娯楽は、外の世界の女性にとっては自分の魅力を引き上げるのに効果があるらしく、他のページの写真にも同じように黒く日に焼けた肌を惜しみもなくさらけ出している人間の姿を多く確認できた。
「ふぅん……」
「なになに? 何か良いもの見つかった?」
「ん? 別に。ちょっとね」
私が余程熱心に読んでいるように見えたのか、サニーとルナが覗き込んできた。
「日焼け?」
「こんなのが楽しいのかな」
二人も私と同じ感想を抱いたらしく、不思議そうに首を傾げている。
良かった、私が変なわけじゃなくて、やっぱり外の人間の方がおかしいのだ。
「ねぇ、物は試しにやってみない?」
「えぇ? なんでそんなこと」
サニーの提案に、ルナはあまり乗り気ではない風を示す。
日の光の妖精であるサニーは、いつもやってる日光浴も同然なんだろうけど、ルナや私にとってはただ暑いだけでしかないのだ。
ちなみに私もルナと同意見。こんな妙ちきりんなことをするより、普通に泳いでいる方がまだ賢明だ。
「やってみたら、意外と楽しいのかもよ? せっかく私が海を作ってあげたんだから、海らしいことは色々やってみましょ」
「う〜ん……どうする?」
「どうするって、私に言われてもね。そんなにやりたいなら、あそこの氷精でも誘ってみたら?」
私が指を指す先には、水の掛け合いで黄色い声を上げている二人の妖精が居た。一人は、この霧の湖を縄張りにしている氷の妖精、チルノ。そしてもう一人は、そのチルノと仲が良い大妖精と呼ばれている妖精だ。
ちょっとした偶然で、私達と遊ぶことになった二人だけど、今は好き勝手に二人でよろしくやっている。
それが気にくわないというわけではないけれど、せっかく一緒に遊んでいるんだし、あの子達を巻き込むのも面白いかもしれない。
「良いわ。私が話を付けてきてあげる」
そう言って私はサニーにこれ以上迫られないために避難した。
そして私の代わりに生け贄になってもらうためにチルノと大妖精に近づいたのだ。
「ねぇ。せっかく海で遊んでいるんだから、海らしいことをして遊ばない?」
「ほえ?」
「海らしいことって?」
早速興味を持ったらしい二人は私の話に食いついてくる。
そんな二人に私は先程の雑誌を見せて、夏らしい遊びの一つとして、日焼けを提案した。
「えー、単に寝てるだけー?」
「そうよ。それが海らしい過ごし方の一つなんですって」
案の定、チルノもこの日焼けという行為に、如何せん楽しみを見いだすことができないらしく、露骨に怪訝な表情を浮かべている。まぁ当然と言えば当然の反応だ。
頭が弱いだけで非常識というわけでもないらしい。
だけどここで、「そうよね。よくわからないし他のことでもしましょうか」というのは些か面白みに欠ける。
サニーの言い分を認めるわけじゃないけれど、実際やってみたら何か面白さが分かるかもしれない。
ただし、自分でやるのは面倒なのでここは是非ともチルノに実験台になってもらおうと、そういう算段なので私は同意しない。
「まぁ、やってみたら本当は面白いのかもよ?」
「そうなのかなぁ」
「ちょっとぉ、いつまでそんなところでお喋りしてるのよ」
痺れを切らせたサニーが割り込んできた。これはさっさと話をつけないと、厄介なことになりそうだ。
「ったく。そんなことうだうだ言ってる間に、やってみたら良いじゃない。寝ころんでるだけでしょ?」
いや、だからそれが勿体ないって思うんだけど……
「だったら、勝負にしましょ?」
「勝負?」
「そう。誰が一番早く焼けるか競うのよ」
……誰がそんな面倒くさいことをするって言うのよ。
「やってやろうじゃない!」
あぁ、そういえばここには勝負事が大好きなさ血の気盛んなのが居たんだった。
チルノは勇んで歩み出ると、ぺたんこの胸を張って威張ってみせる。いや、私も誰かのことは言えないのだけれど。
「寝るだけでも、あたいは負けないんだからね!」
「ふふん。日光浴のプロフェッショナルに適うとでも?」
どちらも負けん気の強い性格だから、売り言葉に買い言葉が続き、日焼けの話が完全に勝負事に発展するのにさしたる時間は掛からなかった。
そして二人は一番日当たりのよい場所に寝転がると、全く微動だにすることなく肌を焼き始めた。
展開としては一番望んでいた形なのだけれど、やっぱりただ寝ているだけの光景を見ているのは、これはこれでつまらない。
このまま無為に時間を潰すのは得策でもない気がする。
「ねぇ、サニー?」
「何よ。今、勝負の途中なんだから」
「いや、どれだけ時間が掛かることか分からないのよ? 早さを競うならもっと良い方法があるんじゃないかしら」
「良い方法?」
「確かに日光浴はあなたの得意項目だけど、もっと効率よくそれをすることがあなたにはできるでしょ?」
「…………あぁ!」
普通にやっていたら、いつまで掛かるか分からない。
だから私は手っ取り早く結末を見届けるために、サニーにある入れ知恵をした。
サニーには“光の屈折を操る程度の能力”がある。
普段はあるものを見えなくしたり、ないものを有るように見せたりするために使うのだけど、今回はそうじゃない。
日光を集めて、肌が焼ける時間を短縮させるために使えばいいと、私はサニーにそう提案したのだ。
「よし、一気に決着を着けてやるわ!」
そう言って、サニーは天に向かって両手を伸ばす。その内、天からの曙光のように、サニー目掛けて大量の日光が降り注いできた。
だけど明らかに何かをしているのが諸バレだ。
隣がやけに暖かくなってきたことでチルノも気がついたのか、俯せの状態から飛び起きて、声を荒げてサニーに抗議申し立てをしてきた。
「あーっ、ちょっと! 何ズルしてるのよ!」
「別にズルじゃないわ。これは私の能力なんだから。だったら、あなたも能力を使ったら良いじゃない」
「私は凍らせるのが専門なの! あたいにもその光を寄越しなさいよ!」
「なんでそうなるのよ!」
「だってそうしないと“ふぇあぷれー”じゃないもん」
チルノの言っていることは概ね正しい。
このまま押し問答を続けていても、どうせチルノが引くような言い訳をサニーは考えつかないだろう。
今回は相手の方が正論である以上、こちらが一歩引いた対応を取った方が丸く収まると思う。
「良いじゃない。どうせ太陽とり相性が良いサニーの方が、元々分のある勝負なんだし。ちょっとくらいハンデをあげても勝てるわよ」
「うーん……そう言われるとそんな気もするんだけど」
「だったら大人しくしておいた方が良いわよ。無駄に体力を使う必要なんて無いんだから」
なんとか説得に成功し、サニーはチルノにも集中した日光を分け与えることを承諾してくれた。
脱線ばかりで、当初の目的である日焼けの楽しさには一歩も近づいてはいなかったけれど、これで少しは進展するに違いない。
「それじゃあ行くわよ〜」
「どんとこ〜い!」
「えいゃあっ」
ジュッ
「え?」
「あれ?」
私達の目の前から、突然チルノが姿を消した。
まるで蒸発してしまったように……って、蒸発!?
その後、私達が日焼けを楽しもうとすることは二度と無かった。
《おわり》