はじめてのおみせばん



 今日も元気なチルノと大妖精。
 遊び場求めて空を飛んでいます。
 夏の陽射しが邪魔するけれど、そんなのへっちゃらなんのその。
 ……そんなわけなくチルノはバテ気味。
 どこか涼しい場所で遊びたい。

 その時大妖精が何か見つけたようです。
 その目にとまったのはひっそり佇む古道具屋。
 森の入り口に立つ香霖堂。


 今日の遊び場見ぃつけた――。


 ☆


 香霖堂の店主、森近霖之助は頭を抱えていた。
 それは目の前で走り回る子供、もとい妖精二人が原因だ。
 いきなりやってきて客かと思えば買う様子などまったく見せない。
 店内を走り回り、見たこともない道具をあれこれ弄って遊んでいる。
 気に入ったのなら買えばいいのだが、それを妖精に求めるのは愚問というものだ。
 そう分かっているものの、入ってきてからずっとこの調子で騒がれては霖之助も参るというもの。
「ねーねー、大妖精。見てみてー」
 チルノに目をやると“扇風機”の羽を頭に乗せて遊んでいる。
 辺りには――無理矢理に――分解された扇風機の無惨な姿が。
 涼を得ることのできる道具、ということで手に入れたのだがその使い方が分からず、
 そのまま霖之助が店内に放置していたものだ。
 何をしても動かないことはわかっているので、壊されても痛手にはならない。
 それにこの暑さの中怒る気力もない霖之助はため息をつくだけで何も言わなかった。
「だめだよ、チルノちゃんっ」
 人のものを壊してはいけないと、妖精にしては珍しく常識的な大妖精が止めに入る。
「大丈夫よ、元に戻せば良いんだからっ」
 チルノは自信満々に扇風機の残骸と対峙する。
 そして徐に修復を行い始めた。

 少女修理中……

 ものの数分と経たないうちにチルノは諦めた。
 しかし大妖精の視線もあって、どうにか元に戻そうとした結果。
「ふー……なんとか元通りだわ」
 確かに見た目は元通り――のようだ。
 氷づけである、という点を見逃せばの話だが。
 チルノはひとまず元の形に見せかけて、後はその形が崩れないように凍らせたのだ。
「わー、さすがチルノちゃん」
 大妖精は細かい点は気にしないらしい。
 そういった点を見るとやはり他の妖精とさほど変わらないように見える。
「他には面白い物ないかなー」
「今度はばらばらにしたらダメだよ」
「わかってるわよ」
 そんな会話をしながら、あまり広くはない店内を駆け回る二人の妖精。
「おい、君たち」
 霖之助もようやく重い腰を上げて、二人に近づく。
「何?」
 いい加減止めないか、と言おうとした霖之助だったが続きを発することはできなかった。
 別にチルノが何かしたわけではない。
 突然視界が揺らぎ、立つことすらできないほどの脱力感に襲われた。
 体全体に力が入らないし、意識すら保つことができずそのまま倒れ込む霖之助。
 この暑さの所為でどうやら夏バテに陥ってしまっていたらしい。
 ずっと座っていたため、急に動いたときにその反動が一度にして襲ってきたというわけだ。
「ちょ、ちょっと!?」
 慌ててそれを受け止めるチルノと大妖精。
 しかし気を失ってしまった霖之助は答えることはない。
「どどどどうしよ!?」
 突然のことに慌てるチルノ。
 大妖精もどうしていいかわからず、二人揃って霖之助を支えたまま次の行動に移れない。
 霖之助が夏バテで倒れたことなど知るよしもないのだ。
「とりあえず……深呼吸よっ」

 すぅー……

 はぁ〜っ……

「それでどうするの?」
「うーん……」
 落ち着かせたところで普段から忙しない性格のチルノに冷静な対処を求めても無駄である。
 前のめりの体勢のまま支えられている霖之助が哀れでしょうがない。
 その姿には口元に笑みを浮かべてしまう。
「とりあえず重いから離そっか」
「そうだね」
 そう言ってパッと手を離すチルノ。
 頷いてゆっくりとおろそうとする大妖精――しかしバランスを崩して支えきれず手を離す。
 ごん、という鈍い音と共に霖之助はしたたかに頭を打ち付ける。
 本人に意識はないため痛いのかどうかはわからないが、たぶん痛いの一言で済む程度の問題ではないだろう。
「ぐっすり眠っているようだしこのままにしておくわよ」
「う、うん(いいのかな、良いのよね……)」


 霖之助、致命傷を受けるも放置決定。


 さて、店主である霖之助が倒れてしまった今、この店は店として機能していないことになる。
 普段から店として機能しているかどうかは怪しいものだが。
 それはさておきチルノと大妖精はどうしたものかと考えあぐねていた。
 どうして倒れたかは別にしても、霖之助が気絶してしまったことが気になるのだ。
 このままにしておくにしても、なんだか気懸かりになってしまう。
「このままだとお店をしめないといけないよね」
「なんでっ!?」
 大妖精の何気ない一言にチルノが思わぬ驚愕を露わにする。
「なんで、って……お店番をする人がいなくなっちゃったでしょ?」
「あーそっか……」
 チルノは納得したように頷くと、今度はなにやら考え始めた。
 あまり見ないチルノの真剣な様子に、大妖精は心配そうな表情を浮かべた。
 それは勿論チルノの考え出すことが、あまりろくな事ではないと勘づいているためである。
 付き合いの長さは伊達ではない。
「よし、決めたっ」
 チルノは嬉しそうに顔を上げた。
 対する大妖精の懸念はさらに募るが、ここには生憎自分しかいない。
 大妖精は笑み――無論苦笑いだが――を浮かべて尋ねる。
「何を決めたの?」
「あたい達が店番するのっ」



 ☆


 店主の霖之助が倒れてしまいました。
 いったいどうする香霖堂。


 そこでチルノは決めました。
 店終いなんてさせないよ。
 あたいが店長やったげる。
 だからあんたはお休みなさい。
 おっとあんたは手伝いね。


 大妖精を引っ張って、チルノは一日店長をやることになりました。
 はてさてどうなることやら。



 ☆


 霖之助の代わりに店番をすることにしたチルノ。
 大妖精はそんなチルノを放っておけるはずが無く、彼女に頼まれなくても手伝うつもりでいた。
 しかし店番をするなど二人とも初めてのことである。
 いったい何から始めて良いのかさっぱりわからない。
「お店って事は、お客が来ないと始まらないわね」
「……お客さんいないよ?」
 元からこの香霖堂に客として現れる者は少ない。
 むしろチルノ達のように買い物を目的せずに訪れる者の方が多い。
 なら店番なんていらないのではないか、というつっこみは野暮である。
「お客が来ないなら入るようにすればいいじゃない!」
「どうやって?」
「えーっと……」
 思いつきで物を言ってはいけません。
「ねー、大妖精はどうしたらお店に来たくなる?」
 自分では思いつかないと判断したのか、それとも単なる逃げか、チルノは大妖精に意見を求めた。
 しかしその着眼点は悪くない。
 一度相手の気持ちに立って物を考えれば、独りよがりや自己満足な結論には陥りにくくなる。
 この場合は客の視点に立って“どんな店なら来たくなるか”を考えるということだ。
 基本中の基本ではあるが、チルノがそれに気づけただけでも奇跡というもの。
 実際にわかっているかどうかは不明ではあるが。

 チルノに意見を求められた大妖精はしばらく思案した後、ゆっくりと口を開いた。
「欲しい物があるお店、かな」
「そんなの当たり前でしょっ」
 チルノの容赦ない手刀が振り下ろされる。
「うぅ、痛いよぉ」
 頭を抑えて涙を浮かべている様子から相当痛かったと思われる。
 しかし当のチルノ本人はまったく気にする様子はない。
「そんな当たり前の事言っても意味が無いわ」
「当たり前の事を言ったら当たり前の結果がついてくると思うけど……」
「違うのっ、そんなのさいきょーじゃないのっ!」
「さ、さいきょう?」
 チルノは何処とも知れず、びしりと指を指すと高らかに言い放った。
「さいきょーのあたいが店番するからには、この店もさいきょーでなくちゃいけないのよ!」
 どう考えればその結論に辿り着くか小一時間問い詰めたい所だ。
 だがしかし多分、いやきっとそれほど無意味なことはないだろう。
 閑話休題。
 「香霖堂さいきょー計画」を広言したチルノ。
 しかしいったいどうしようというのか。
「とりあえずこの店の目玉を見つけるのよ」
 チルノは店内に積み上げられた数々の品を指して言う。
 確かにここ香霖堂には外界からの漂流物や紛れ物、曰く付きの魔法道具まで様々な物が揃っている。
 だが何処に何があるのかわからない為、せっかくの長所は生かし切れていない。
「だからみんなが欲しくなる物を見つけてそれを売るのよ」
 威張って言っているが、実はさっき大妖精が言ったことと大した違いはない。
 それを参考にして得られたアイデアと言った方が正しいか。
 それをまったく躊躇せずに自分の手柄としてしまうのは妖精らしいかもしれない。
 そしてそのことに気がついていない大妖精も、その辺りが妖精らしいといえる。
「それじゃあ掘り出すわよ」
「う、うん」
 二人はさっそく「店の目玉」になる物を見つけるために店内を漁り始めた。


 そして数十分後。


 店内は酷く荒れ、泥棒にでも入られたかのようになっていた。
 妖精二人、というか主にチルノが店内をひっくり返した結果である。
「チルノちゃーん、何か見つかったー?」
 大妖精は作業を続けながら、同じく作業中であろうチルノに尋ねる。
 これだけ荒らした――もとい探したのだから、何かしら見つけているだろう。
 大妖精の手にも幾つかの品が抱えられている。
 星屑をちりばめたランプ、花の香りのするハンカチ等女の子らしいファンシーな物が多い。
 この店を利用する客層を考えると妥当なところだろう。
 果たしてチルノはそういった物を見つけ出しているのだろうか。
「んー……一応ねー」
 一応という言葉にまたもや不安を覚えつつも、大妖精はチルノの元へと戻った。
 チルノの周辺は一段と酷い状況となっている。
「ち、チルノちゃん。先に片付けようか」
「元から散らかっているんだから、もっと散らかしても問題ないわよ」
「そういう問題じゃない気がするけど……」
 まぁいいか、と大妖精もその意見で妥協した。
 霖之助が奥で眠っている間に、香霖堂は益々酷い有様に変わっていく。
 目を覚ましたときの彼が哀れでしょうがない。とりあえず合掌。
「それでチルノちゃんは何を見つけたの?」
「えーっと……あぁ、これだこれだ」
 がちゃがちゃと乱暴に見つけ出した物の中から一つを取りだす。
 それは見事な業物の刀だった。
 さいきょー=強い=武器という安直な考えから選び出された物だろう。
 しかし武器としての出来は最高級品で、欲しい者からすれば喉から手が出るほど欲しくなる代物に間違いはない。
 他にはねー、とチルノはまた何か持ってきた。
「これもさいきょーね」
 チルノが差し出したのは見るからに破壊力のありそうな銃。
 これも先程の刀と同じである。
 ではあるのだが……
「武器なんて欲しがる人がいるのかな……」
 一瞬で凍り付く二人の空気。
「大妖精のぶわかぁっ」
「ご、ごめんねっ、チルノちゃん」
 思わず本当のことを口走ってしまい、慌ててフォローをするが遅かった。
 チルノは目に涙を浮かべて手に持っている刀を見つめている。
 彼女なりに頑張って見つけたのだ。
 それをいきなり否定されれば泣きたくもなるだろう。
「え、えっと、たぶん欲しいっていう変な人もいるよっ」
 まったくフォローになっていない。
 しばらくの間、大妖精はチルノを宥めるのに四苦八苦する羽目となった。



 ☆



 結局良い物は見つからず、チルノ達は諦めました。
 お店の中はぐちゃぐちゃだけど気にしません。


 二人は揃って待っていました。
 いったい何を?
 そんなの店なら決まっています。
 売る人がいれば買う人がいますよね。
 そう、暇な物好きお客さん。


 扉が開いて、ごめんください。
 やってきました物好きさん。
 白いエプロン、銀の髪。
 完全瀟洒なメイド長。



 ☆



「ごめんください」
 扉が開かれ、姿を見せたのはチルノも何度か見かけたことのある人物だった。
 二人の住んでいる森の湖、その島にある紅い館のメイド長。
 完全瀟洒を二つ名にもつ十六夜咲夜が客としてやってきた。
 手にはバスケットを持ち、いつものメイド衣装で立っている。
「……失礼しましたわ」
 咲夜は店内の様子と、そこにいるべき人物の違いを見て扉を閉める。
 しかしチルノがすぐに扉を開いて無理矢理中へと引きずり込んだ。
「なんか用があってきたんでしょ?」
「それは……そうだけど」
「だったら入る入る」
 強引なチルノに背を押され、香霖堂の中へと足を踏み入れた咲夜。
 本来なら店主の霖之助が迎えてくれるところだが、肝心の彼の姿はなく
 チルノと大妖精という、この場にはあまり似つかわしい二人が揃っている。
 あまり良い予感がしないのもうなずけるというものだ。


 ごちゃごちゃした店の隅にかろうじて座れる椅子とテーブルのスペースを確保し、
 いったん状況を説明するために3人はテーブルを囲っていた。
「えっと……つまり、霖之助さんは突然倒れて寝ているから、代わりに貴方達が店番をしていると?」
 大妖精から事情を聞いた咲夜はようやく状況を理解した。
 ただしまだ完全に納得はできていないようではあるが。
「とにかく遊びでやってるつもりではないわけね」
 その辺りもかなり怪しいところではある。
 だが大妖精という歯止め――望み薄だが――がいるため、そこまで酷くはならないだろうと咲夜は考えていた。
「ね、ね。それで何が買いたいの?」
 チルノは本日最初の客ということで、かなり張り切っている。
 その純真な瞳の輝きが眩しいほどだ。
 しかしそれがチルノ、というだけであまり張り切らないで欲しいと咲夜は思う。
 湖周辺で彼女がやっていることを見ていれば、当然そう思ってしまうのだ。
 だがここで断っても仕方がないし、何より用事を済まさなければならないのは本当のことである。
「食器を見繕って欲しいのよ」
 咲夜の話によると、紅魔館はいつものように魔理沙の襲撃を受け、
 その時丁度配膳していた昼食がその余波で吹き飛ばされたのだそうだ。
 おかげで皿もグラスもみんな粉々。
 たたでさえ居住人数が多い紅魔館である。
 大量に消耗品を失えば、足りなくなるのは当然のこと。
「この際なんでもいい、と言いたいところだけど良い物を買いたいの」
 咲夜は紅魔館の品として相応しい物を所望した。
 お嬢様用の道具は無論だが、従者が使う物もそれなりでなければならない。
 どれだけ主人の格が上であっても、それ以外の質が落ちると紅魔館全体の質が落ちてしまうからだ。
 メイド長の咲夜が直々に購入に来るのも、自分で質の良い物を買いたいが為である。
「食器ねぇ……わかったわ」
 チルノはぴょんこと椅子から降りると、食器を探すため店を漁り始めた。
「ま、任せて良いのかしら?」
「私も探してきますから」
 心配する咲夜に大妖精は苦笑を返してチルノの後を追っていった。
 残された咲夜はとりあえず大きく息をつくしかなかった。


「見つけてきたわよ」
 チルノと大妖精がテーブルの上に置いたのは、十二枚セットの皿。
 陶器製で、華美ではないが小さな花を模した装飾がアクセントになっている。
 真っ白なさらに映える小さな紅い薔薇が印象的だ。
「…………」
 咲夜はそれを見つめたまま返答がない。
 気に召さなかったのだろうかと大妖精が心配にし始めて、ようやく咲夜は口を開いた。
「買いますわ」
「え?」
 予想していたものとは正反対のことを言われて、大妖精はしどろもどろになってしまう。
「やったわ。いきなり売れたわよ」
 対してチルノは素直に喜んでいた。
 心配などしていなかった分理解が早かったのだ。
 チルノの嬉しそうな声を聞いて、遅れながら大妖精もほっとした表情を浮かべた。
「それにしても貴方達に物を見る目があったなんてね」
 咲夜は極めて意外だという風に話す。
 普段から悩みもなく遊んだり悪戯したりしかしていない妖精に、正直なところ期待はしていなかったのである。
 しかし出てきた品を見る限り、それは杞憂に済んだ。
「お花が付いていて可愛いからそれを持ってきただけなんですけど……」
「……そんなところだと思ったわ。まあ期待以上の品が手に入るからどっちでも良いけどね」
 咲夜はエプロンのポケットから財布を取り出す。
 そこから金を出そうとするが、ふと気がつきそのままの体勢で尋ねた。
「それでこれはいくらなのかしら?」
 チルノと大妖精は互いの顔を見合わせる。
 妖精である二人には貨幣価値という概念が備わっていなかったのだ。
 彼女たちの社会は物々交換で成り立っているため、気にしたことなど全くない。
「……困ったわね」
 最後の最後で詰めが甘かった。
 価値も分からず持ってきた品に金額をつけることなど二人にはできないだろう。
「だったらタダで良いわよ」
「そうだね……あれ、いいのかな?」
 二人にとっては別に自分たちの品物ではないのだ。
 あげてしまったところでなんら不都合はない。
「もらっていいのならもらうけど……いいのかしら?」
 咲夜もチルノが勝手に言っているのは分かっているのでどこか納得し切れていない。
「あたいが良いって言ってるんだから良いのよっ」
 腰に両手を当てえっへんと胸を張るチルノ。
 言わずもがなではあるが、良いと言っていいのは霖之助だけである。
「それじゃあ持って帰りますわ」
 魔理沙や霊夢もお金を払ってないみたいだし……いいわよね、と咲夜は無理矢理納得したことにした。
 そして皿の入った箱を抱えて店を出ようとしたときである。
 咲夜は自身が持ってきていた荷物のことを思い出す。
「そうだわ」
 咲夜はバスケットの中身を二人に差し出す。
 それが取り出された瞬間、店中にふわりと甘い匂いが漂う。
 思わずチルノのお腹が鳴った。
「こんなに良い物をもらったのだし、これはお礼として渡しておきますわ」
 咲夜は包みを二人に渡すと、改めて店を後にした。
 残された二人は早速その包みを開く。
 中に入っていたのは咲夜手製のアップルパイ。
 そろそろ昼頃でおなかも空き始めた二人にとっては、価値の分からない金銭よりもずっと嬉しいお代だった。



 ☆



 美味しいパイで、お腹はいっぱい。
 お客も満足大成功。
 立派に店番できました。


 さてさて次の物好き来ないかな。


 コンコンコン。
 はいどうぞ。
 次の物好きがやってきました。


 見た目は可愛いウサギさん。
 だけど中身は卯詐欺さん。
 永遠亭の腹黒白兎、因幡てゐがやってきました。



 ☆


「なんであんた達が店番なんてしてるのよ」
 てゐも咲夜と同じ質問を二人にする。
 やはりこの二人が店番をしているという状況は誰もが不思議に感じることなのだろう。

 大妖精は咲夜にしたものと同じ説明をてゐにもした。


「へー……成る程ねぇ」
 説明を聞き終えたてゐはにまりと不敵な笑みを浮かべた。
 しかしそれを悟られまいとすぐに表情を微笑に変える。
「まぁあんた達でも良いわ」
 てゐはそう言うと、ひょいひょいと物が散乱した店内を歩き回りある山の前で止まる。
 そしてその中に目当ての物を見つけると、山が崩れるのもお構いなしにそれを引っ張り出した。
 光の当たる方向によって七色に輝くチョーカーだ。
「これこれ」
 てゐはそれをチルノ達に見せる。
「店主に言っても譲ってくれなかったのよね。丁度良いから譲ってよ」
 てゐはどんどん自分のペースで話を進めていく。
 チルノと大妖精はそのテンポに付いていくのがやったとといったところだ。
 譲ってくれと言われたところで、ようやく思考が追いついた。
「うーん……あげても良いけど、なんかタダじゃあげたくないなぁ」
 先程の咲夜の時とは違い、品物をあげることを渋るチルノ。
 別に何か理由があるわけではない。
 強いて言えばてゐの態度だろうか。
 後は妖精の気まぐれというやつである。
「わかってるわよ。私だってただでもらえるとは思ってないからね」
 てゐはそう言うとポケットからなにやら取り出した。
 手の平に乗る程度の小さな物である。
「なぁにこれ?」
「あたいに聞かれても分からないわよ」
 大妖精もチルノもそれを見たことがなかった。
 正確には見たことはあるのだが、いったい何故それを差し出してきたのかがわからないのだ。
「どう見てもただの石ころなんだけど?」
 てゐの手の平にあるのは、どう見てもその辺に落ちている石ころである。
 光沢がよいわけでも、形が珍しいわけでもない。
 極めて平々凡々なありきたりの石ころそのものだ。
「まー、妖精にはわからなくて当然かもねぇ」
 てゐは意味ありげに笑いを溢す。
 焦らされてチルノが我慢しているはずがない。
「もったいぶらないで教えなさいよっ」
「まぁまぁ、落ち着いて」
「この石はただの石じゃないのよ。なんてったって――」
 ちっちっ、と指を振るてゐ。


「これはあの空に浮かんでる“月の石”なんだから!」


 威張って言い放つてゐは自慢げだ。
 対する二人はぽかんとしている。
 いきなり月の石だと言われても二人が理解するのには時間が掛かる。
「月……ってあのお空に浮かんでるお月様のこと?」
「それ以外にどんな「ツキ」があるのよ」
「そうだよね……でもお月様に石なんてあるの?」
「……あたいに聞かないでよ」
 揃って二人はてゐの方を向く。
「「月に石はあるの?」」
 口をそろえて尋ねる妖精二人。
 てゐはその反応にずっこけながらも、二人が食い付いたことに心中でほくそ笑んだ。


 妖精二人の見る目は確かだった。
 てゐが取り出したのは、どこにでも落ちているただの石。
 さっきそこらで拾ってきたものである。
 “本物”の月の石も永遠亭のコレクションの中にあるだろうが、
 そんな魔力の高い代物をそう易々と持ち出せるわけがない。
 そもそもてゐは等価交換で物を手に入れようとは最初から思っていないのだ。
 大げさに振る舞ったのもおバカ二人を引き込むブラフ。
 二人はまんまとてゐの騙り術中にはまってしまったのである。


 月のなんたるかを説明すると、二人の石に注ぐ視線が変わった。
 もの凄く珍しい宝物を見るそれだ。
 無論本物は珍しい宝物であることに間違いはないが、これはただの石ころである。
(ぷくく、これだから無知な連中を騙すのはやめられないわ)
 二人が完全に十中にはまったのを確信すると、てゐは思い切り笑い転げた。


 もちろん心の中で。


「それじゃあ交渉成立ね」
「本当に良いの? 珍しいものなのに……」
「いいのいいの。私にとってはそっちの方の価値が大きいんだから」
 言っててゐは大妖精が持っているチョーカーを指差す。
 もともとてゐが持ってきた石には、価値など含んでいないのだから当然である。
 しかしそうとも知らない大妖精は、本日二回目の大成功に喜んでいる。
「そういえばあの氷精は?」
 ふと気がつくと、いつの間にかチルノの姿が消えている。
 てゐと大妖精が辺りを見回すが、どうやら店内にはいないようだ。
「多分月の石が珍しくて、はしゃいでいるんじゃないかな」
 大妖精が苦笑を浮かべ、てゐもそれに倣って苦笑を浮かべる。
 だが内心では馬鹿笑いをあげていた。
 まったくおめでたい奴だと。
「それじゃあ、品物を……」
「あ、そうでした」
 大妖精は手に持っていたチョーカーに気がつく。
 ずっと持ちっぱなしにしていたのだ。
 交渉が成立したのだから、てゐに渡すのが当然のことだろう。
 大妖精は手渡そうとして、あることを思いついた。
「つけてあげますね」
 チョーカーはアクセサリーの一種である。その目的は装飾だ。
 だから大妖精は気を利かせてそう言っただけなのだ。
 しかしてゐは即座に離れると大声で反対した。
「いいっ! そんなことしなくていいからっ」
 全力で拒否するてゐに、大妖精は首を傾げる。
「どうして?」
「どうしてもっ」
 どうしてもつけたくないと言い張るてゐ。
 似合うと思うのになぁ、と大妖精は考える。
(あぁ、照れてるんだ)
 大妖精は勝手にそう結論づける。
 だったらここは多少無理矢理にでもつけてあげればよいだろう。
「わかりました。私に任せてください」
 にっこり微笑む大妖精。
 刹那、大妖精の姿が消える。
 てゐが背後に気配を感じたときはすでに遅し。
 大妖精は得意の瞬間移動で背後に回り込んだのである。
 そしてそのまま手際よくてゐの首にチョーカーを回し、止める。
「はい、よく似合ってますよ」
 大妖精は屈託のない笑顔を浮かべたまま。
 良い仕事をやり遂げた清々しささえ感じられる。
「なあーっ!?」
 大妖精の瞬間移動を考慮していなかったてゐにとっては、大きな誤算である。


 てゐが執心していたこのチョーカー――実は呪いのアイテムだったりする。
 効果はそれを装備させられた者の命令を一つ聞かなければならなくなるというもの。
 反しようとすれば、呪いの電流が流れる仕組みになっている。
 そしてそれは付けた者でなければ外せない。
 霖之助がてゐにそれを売らなかったのは、てゐの性格を知っているが故だ。
 そんな物騒な道具をてゐに持たせてしまっては、もしかすると自分で試されるかも知れない。
 うっかり商品の説明をしてしまったときから、てゐはそれを狙っていたのだ。


「あー、もうっ、外れないじゃないっ」
 てゐは無理に外そうと力を加えるが、呪いの道具がそんなことで外れるわけがない。
 その時店の外から大きな音が聞こえてきた。
 てゐもその音にチョーカーとの奮闘を一時止める。
 その大きな音の後、大声とドシドシという足音を伴ってチルノが戻ってきた。
「こんの、嘘吐きウサギっ!」
 チルノはかなり憤慨した様子で、てゐに向かって歩いてくる。
 突然の豹変に大妖精は狼狽するばかりだ。
「あんたね、これのどこが月の石なのさっ!」
 チルノが差し出す両手の中には、先程てゐが偽った石が粉々に砕けた姿があった。
「月の石っていうから、欠けたら満ちるかと思ったのにっ」
 どうやらチルノは月は欠けてもまた満ちるから、その月の石も同じだと考えたらしい。
 それでいったん砕いても元に戻ると、そう思ったのだ。
 後は想像が易い。
 砕いて待っても、まったく元に戻る気配を見せない石にチルノは騙されたと怒りだした。
 騙されたのは事実なので、チルノが怒るのは正当である。
 ただし月の石だろうがそこらの石だろうが、壊れた物は戻らない。論点がずれている。
「そんなことよりっ、今は早くこれを……っ」
 てゐは怒るチルノの相手よりも、呪いの首輪を外す事の方に気を取られている。
 そんな態度にチルノの怒りはさらに激しい物になっていく。
 だがその程度で臆すほど、てゐは可愛らしいタマではない。
 その時、そんなてゐが臆す言葉が意外なところから発せられた。
「騙したんですか? 騙したんですね」
 二人のやり取りを見ていた大妖精がぽつりと漏らす。
 てゐは次の言葉を制止しようとするが、それを声に出してももう遅かった。


「嘘をついちゃダメですよ?」


 大妖精の言霊を受け、てゐの首につけられたチョーカーが一瞬光る。
 命令を承った、と表すように。
「わ、私は嘘なんてついてな――痛い痛い痛い痛いっ」
 バリバリバリ、とてゐの体を呪いの電流が迸る。
 誓約が交わされた以上、てゐはそれに従わなければならないのだ。
 しかも「嘘をつくな」という単純明快な命令であるが故に指定範囲が広すぎる。
「何ふざげてんのよ」
「だ、誰も巫山戯てなんかないわよ。私が何をしたって言うのさ……私は別に何も――ぎゃあああっ」
 普段から嘘ばかりついているてゐにとってはこの誓約はあまりにもきつすぎた。
 口を開けばほぼ確実に電流に襲われる。
 常日頃から嘘ばかりついている為、それが癖になって抜けないのだ。
「……うぅ、鈴仙にでも付けて私の奴隷にしてやろうと思っていたのに」
 這々の体で店の入り口へと向かうてゐ。
 その頭上を何者かの影が覆う。
「ふーん、そんなこと考えていたの」
「その声は、もしかして……」
 てゐはおそるおそる見上げる。
 すると真っ赤な瞳と視線がかち合った。
 その狂気を操る瞳には怒りがありありと浮かんでいる。
「れ、鈴仙……」
「また勝手に出掛けていったから付いてきてみれば」
 しばらく前から様子を見ていたらしい。
 てゐがどのような状況に陥り、どのような目に遭っているのかわかっているらしい。
 その上で元々の対象は自分だと聞かされれば、鈴仙が怒るのもう頷ける。
 常日頃からてゐ悪戯の一番の被害者たる鈴仙だ。その怒りの深さは底知れない。
「あら、なかなか良い銃じゃない。試し撃ちさせてもらうわね」
 チルノが付けてきた武器の中から、目玉になる予定だった銃を手に取る鈴仙。
 そしてなんの躊躇いもなく、はいつくばるてゐの顔面すれすれに向けて引き金を引いた。
 衝撃と爆音が断続的に放たれる。
 まっくた容赦のない鈴仙の怒りに、てゐはしばらくして失神してしまった。
 それを見ていたチルノと大妖精は自身の怒りも忘れ、策に溺れた哀れな詐欺師の末路を、
 互いの身を寄せ合い恐怖しながら見つめていた。



 ☆



 烏が鳴いたら店終いです。
 夕焼け小焼けにまた明日。
 沈む夕日にお休みなさい。
 昇る月にこんばんわ。


 今日は一日頑張りました。
 お客の数は少ないけれど、きちんと? 店番できました。
 チルノと大妖精の一日店員、無事終了。


 ――と、思っていたら最後の最後にまた誰か。


 ☆


「霖之助さーん……ってなんであんた達がいるのよ」
 本日三度目となるこの質問。
 いい加減チルノもうんざりだ。
 やってきたのは博麗神社の博麗霊夢。
 大妖精は本日三度目となる説明をした。
 しかし霊夢は別段興味もないといった風に、店内を見て回る。
「何を探しているのよ」
「私達も手伝いますよ?」
 なにやら探し物をしているらしい霊夢に二人が話しかける。
 まだ二人は店番なのだ。
 最後の最後までやり通す。妖精だって信念、責任は持ち合わせているらしい。
「今日は凄く暑かったでしょ。夜になっても涼しくならないから、何か良い物はないかと思ってね」
 香霖堂から先に広がる魔法の森のように陽射しを遮断する物がないため、
 博麗神社は夏の暑さをどこよりも暑く受け止めている。
 昼間の暑さは夜になっても冷えないらしく、このままでは寝付けられない。
 それで霊夢は香霖堂に何か良い物はないかとやってきたらしい。
「それにしても今日は一段と散らかっているわね。これじゃあ探すに探せないじゃない」
 霊夢は適当に道具の山を漁り、どうにか涼しく夜を越せる物はないかと探している。
 だがなかなかめぼしい物は見つけられないようだ。
「永遠に溶けない氷でもあればなぁ……」
 視線を動かしていた霊夢の視線が、突如ある一点でとまる。
 そしてその視線とかち合うもう一対の視線。
「な、なにさ」
 嫌な予感を感じて、チルノは後ずさる。
 だがその足下にあった月の石の破片につまずき尻餅をうって転んでしまう。
「なんだ、あるじゃない」
 霊夢は素早く歩み寄ると、チルノの額にお札を貼り付ける。
 封印の呪が掛けられた札の力で、チルノはその動きを止められてしまった。
 動けないチルノをひょいと担ぐと、霊夢は大妖精の手の平に一円札を九枚手渡した。
「しばらくコレは借りていくわね」
 チルノを連れて霊夢は意気揚々と去っていった。
 一人ぽつんと取り残された大妖精は、ただこう言うしかない。



「ありがとうございました」



《終幕》



《おまけ》

 翌日の香霖堂――。

「うーん……昨日の記憶が曖昧なんだが、いったい何があったんだ。頭の後ろが異様に痛いし……。
 ん? なんでこんなに店内がぐちゃぐちゃなんだっ!? しかも幾つか無くなってるし。
 いったい何がなくなっているんだ……」


 青年整頓中――――


「薔薇の皿一式がなくなってるな……あれは紅魔館に頼まれて置いておいたものなのに。
 いつまで経っても取りに来ないから、すっかり忘れていた」

 チルノと大妖精、実は店番大成功。


☆後書☆

 タイトルでギャルゲーを思い出して、エロスを期待した者は素直に名乗り出ること。
 さて、最近まだとにかく暑い――ということでまたまたチルノに頑張ってもらいました。
 今回はコメディ調のほのぼので。

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