姉を求めて三由旬(推定)


 こことは違う別の世界。幻想郷と呼ばれる場所に二人の妖精がおりました。
 いつも仲良く遊んで暮らす二人の妖精は、今日も揃って遊んでいます。
 寒い北風もなんのその。遊んでいれば気になりません。
 一人は氷の妖精なので元から寒くはありませんが。
 いつものように遊んで飛んで走り回って。楽しい時間がキラキラと流れていきます。
 しかし氷精の一言でちょっとした事件が起こります。

 今回はそんな妖精のお話


 ☆


 山々が一面の雪化粧で真っ白に覆われている中、紅魔館は相も変わらずその紅い姿を誇示するように建っている。
 そんな紅白の光景を二人の妖精が仲良く並んで眺めていた。
 一つは氷のような六枚の羽を生やした青い背中――氷精チルノ、
 もう一つは大きな二枚の羽を生やした水色の背中――大妖精だ。
 いつものように湖を中心に遊び回っている途中、休憩を兼ねてそこでおやつを食べていた。
 チルノは遊び回った上におやつも食べて満足したのか、今は大妖精の隣で寝息を立てている。
 まだ蛙が冬眠している季節でも氷精であるチルノにとっては適温らしく、
 青いワンピースがはだけてぷにぷにしたお腹が露出していても気にする様子はない。
「もぅ、またお腹出してる」
 そんなチルノに苦笑を浮かべながら、大妖精は彼女の服を調える。
 穏やかで平穏な時間が風と共に流れていく――かに思えたのだが。
「ひゃっ」
 突然体を起こしたチルノに大妖精は思わず上擦った声をあげた。
 しかしそんな大妖精に謝りもせず、すっくと立ち上がったチルノは突然こう言い放った。

「お姉ちゃんが欲しい」

 大妖精は驚いたばかりだったが唖然としてしまう。
「えっと、おはようチルノちゃん」
 きっと寝惚けているのだと思いながら大妖精が話しかけるも……。
「おはよう大妖精! あたいお姉ちゃんが欲しいの」
「あ、やっぱり本気だったんだ」
 淡い期待はやはり淡いものでしかなく、大妖精は溜息が出そうになるのを堪えた。
 チルノが突拍子もないことを言い出して困惑させられるのはよくあること。
 もはや日常茶飯事と言っても過言ではない。付き合わされる方はいい迷惑だ。
「本気も本気、あたいはいつだって超本気よ」
「でもどうしてお姉ちゃんが欲しいの?」
「んっとね、なんとなく!」
 あぁやっぱりチルノちゃんだと大妖精は内心で項垂れた。
 そういえば昨日人里の上を飛んでいたとき、仲の良い姉妹を見た覚えがある。
 それを羨ましく思っていたのが今になって高まってきたのだろう。
「でもチルノちゃん、お姉さんがほしいなら……その、ね」
「どうしたの? なんか顔が朱いけど」
 きょとんと首を傾げるチルノの顔を大妖精は凝視できない。
 お姉さんが欲しいなら自分が居るじゃないと言いたいのだが、改めて言うとなると恥ずかしさがこみ上げてくる。
「わ、私がなってあげる……よ?」
 思い切って思いを告げる大妖精。
 その言葉にチルノはぽかんとしていたが、しばらくして口を開いたかと思うと笑いを溢した。
「あはは、何言ってるのよ。大妖精は友達じゃん」
 大妖精は酷くショックを受けたように膝を折る。
 チルノに悪意がないのはわかっている。だがだからこそ余計に胸に突き刺さるのだ。
 ただ大妖精はどっちかというと妹よね、などと言われなかっただけマシかも知れない。
 いやそれはそれで良いとも思うのだが。
「おーい、何してんの。置いていくよー」
 などと大妖精が悩んでいる間に、チルノはとっくに空に飛び上がっていた。
 大妖精は慌ててその後を追いかけようと羽を羽ばたかせた。
「そ、それでチルノちゃんどうするの?」
「決まってるじゃない」
 あくまでも姉探しをするつもりのようだ。
 しかし勿論血の繋がった姉がチルノにいるはずはない。
 ならば姉として慕わせてくれる存在を探すということなのだろうが。
「でも心当たりとか……」
「あるわ!」
 自信満々に言い切るチルノがある方向を指差した。
 そちらを向いた大妖精は、思わずげんなりした表情を隠しきれなかった。
 チルノは先に向かっていたので、その顔は見られずに済んだのだ。


 ☆


 姉が欲しいと騒ぎ出した氷精は、姉を探すことにしました。
 友達は困りながらも仕方がないので付き合います。
 そんな二人が向かうのは、氷精の心当たりが居るという場所へ。
 ですがそこにはこわいこわ〜い吸血鬼が住んでいたのです。


 ☆


「――というわけで、あたいのお姉ちゃんになってちょうだい」
 にこにこと笑顔を浮かべお願いするチルノを、心当たりと呼ばれた少女は冷ややかな目つきで睨んでいた。
「咲夜、門番はこんな奴の侵入を許してしまったの?」
「えぇ、どうやら昼寝をしていたらしく。後で厳しく罰しておきますわ」
 溜息を吐く従者を従えるのは、チルノ達と同じくらいの年頃の幼い少女。
 だがその背には広げれば身の丈程もあるであろう巨大な翼を生やしている。
 ここ紅魔館の当主、レミリア・スカーレットにチルノ達は会いに来ているのだ。
「あんたってお姉ちゃんなんでしょう」
「そうね。私は泣く子も萎縮するスカーレット姉妹の姉だけど」
 ただし自分で言っているほどカリスマが無かったりするのが事実だったり。
「だったらあたいのお姉ちゃんにもなってちょうだいよ」
 さも当然であるかのような口ぶりで、頼むというより命令するチルノ。
 そんなチルノに流石のレミリアも怒る気が起きないらしく、
 ひらひらと手の平を振って無言で帰れとジェスチャーで示した。
「まったく。妖精が馬鹿だとは知っているけどこれほどの馬鹿がいるなんてね」
「何よ! お姉ちゃんになってくれるくらい良いじゃないさっ」
「ち、チルノちゃん……やめときなよ」
 それまでレミリアの雰囲気に圧倒されていた大妖精がおずおずと口を開く。
 チルノが紅魔館を指差したときからここは不味いとずっと心配していたのだ。
 この周囲を取り囲む湖近辺を縄張りとしている大妖精がレミリアの存在を知らないはずが無く、
 そしてそれはチルノにも同様に言えることなのにこの違い。
「むー……別に減るもんじゃないのに」
「そういう問題じゃないよ〜」
 大妖精は一刻も早くここから立ち去りたいのだが、チルノは頑なにそれを是としない。
 そんなに姉妹という関係に憧れがあるのか。
 レミリアはいい加減うんざりしてきたが、どう帰せばよいものか考えあぐねていた。
 すると咲夜が静かに近づき、レミリアの耳元で囁いた。
「お嬢様、少々お耳を拝借……。こうすれば如何でしょうか」
「……わかったわ」
 その言葉にチルノは顔を輝かせ、大妖精はびっくりした表情を浮かべた。
「そんなに私の妹になりたいなら勝手になればいいわ」
「本当っ!」
 そうでもしないとこの場が収まりそうにないからだということに当の本人は気がついていない。
 素直に喜ぶチルノと、そんなチルノを複雑な表情で見つめる大妖精。
 しかし、そこにレミリアはある一言を付け加えた。
「私の妹になるならここで住んでもらうことになるわ」
「それくらいおやすいご用よ」
「だったらこれを着なさい」
 そう言ってレミリアが咲夜に目配せすると、いつの間にか彼女の手元には小さな服が用意されていた。
 それは妖精用に仕立てられた紅魔館の制服、つまりメイド服である。
「あの……これって」
 いち早く気付いたらしい大妖精が疑問を投げかける前に咲夜が後を続けた。
「ここはスカーレット家のお屋敷。もし貴方が妹として住むことになっても、特別扱いはされませんわ」
 それすなわちここで働かなくてはならないということだ。
 それを聞くやいなやチルノの顔はみるみるうちにげんなりと変わっていく。
「えぇ〜っ」
「それが嫌なら諦める事ね」
 チルノは憎々しげに見つめるがここで刃向かったところで結果は見えている。
 仕方がないのでチルノは大妖精を連れて紅魔館を出ることにした。


 ☆


 さてまったく相手にしてもらえなかった氷精はがっかりしながら館を出ました。
 友達は励ましながらも内心ホッとしています。
 しかしこんな程度で諦める氷精ではありません。
 まだまだ姉になってくれる人を探そうと腕を振り上げ元気一発。
 そんな二人の目の前に、目に涙を浮かべた門番がやってきました。


 ☆


 紅魔館から出てきた二人を出迎えたのは門番の紅美鈴だった。
 どうやら昼寝をしている隙に侵入者を許したことでこっぴどく叱られたらしく、
 服のあちこちにナイフを避けた後が見られる。
 ただでさえ侵入者が多くなった最近、妖精の侵入まで許したとなればそれも仕方ないだろう。
「あの、大丈夫ですか?」
 大妖精が見かねて慰めようとすると、美鈴は目元を拭って首を振った。
 さすがに妖精に同情されるようではいけないとプライドが許さないのだろう。
 すっくと立ち上がると強い言葉で明後日の方向に決意の叫びを上げた。

「私は負けませーんっ!!!!」

 びりびりと大気が震えるほどの大声が紅魔館の庭先に響き渡る。
 近くにいた大妖精とチルノは思わず尻餅をついてしまうほどだ。
 ぜぃぜぃと肩で息を切るその背中を見つめながらチルノは立ち上がる。
 そして出し抜けにこう呟いた。
「格好良い……」
「えっ?」
 まさか、と大妖精は再度嫌な予感を感じた。程なくしてその予感は的中することになる。
 決意の咆哮を済ませ、すっきりとした美鈴は腰の辺りに違和感を覚えて下を向いた。
 見るといつもこの近辺で遊んでいる氷精が服の裾を引っ張っている。
「ねぇねぇ、あんた」
「何かしら」
「あたいのお姉ちゃんになってちょうだいよ」
 その刹那美鈴の胸がどきんと高鳴った。
 上目遣いで懇願の瞳を向けてくる幼女に、否応なしに母性がくすぐられる。
「だめ?」
 ちょこんと首を傾げられればその破壊力はさらに倍増だ。
 すみません咲夜さん。私、自分自身に負けそうです。
 泣く子と幼女には美鈴の固い決意も呆気なく敗れ去ってしまう。
「わ、私で良ければ……」
「やったぁ!」
 万歳しながら飛び跳ねる姿を見て美鈴はまた頬を緩ませた。
 頭の方は少々アレかもしれないが、幼い子供と考えればそれもまた愛嬌の一つだ。
「じゃあさじゃあさ、早速遊びに行こう。お姉ちゃん!」
「(お姉ちゃん、良い響き!)……あれ、遊びに?」
 あまり言われ慣れない響きの余韻に浸りかけるが、美鈴はふと我に返る。
「ごめんね、私はここの門番だからここから離れるわけにはいかないの」
 こればかりは仕方がない。
 職務をほったらかしにして遊びに行くことは自身の門番としての使命感が許さない。
 しかしそれは殆ど建前で、本当のところは職務怠慢で食事を抜きにされたり、
 お叱りを受けるのが嫌という理由の方が大きかったりするのだが。
「えぇ〜っ……」
 チルノは心底残念そうに肩を落とした。
「じゃあいいや。一緒に遊んでくれるお姉ちゃんを探すから」
 そう言い残すと、何の未練もなくチルノは美鈴の元を去っていった。
 大妖精は美鈴を気にしつつもその後を追って行ってしまった。
「そ、そんなぁ」
 勝手にお願いされて勝手に振られたのだが、それでも美鈴はがっかりする気持ちを抑えられない。
 その時背後から足音が聞こえてきた。
 同時に感じる気配に美鈴はびくりと肩を震わせる。
「こ、この気配は……」
 ぎこちない動作で首を動かすと、視線の先にはナイフを持って腕を組んだメイド長の姿があった。
 その顔はたおやかな微笑を浮かべているが、その内面に秘められた冷ややかな怒りは隠しきれていない。
「さっき叱ったばかりだというのに、まだ懲りていないのかしら」
「え、いや、そんなこと」
 経験から直感で理解する。
 ああこの状態の咲夜には弁解は通用しない。
 最早美鈴の中にはチルノから呼ばれた言葉の余韻など欠片も残っていなかった。


 ☆


 紅い館ではお姉ちゃんは見つかりませんでした。
 だけど氷精はまだ諦めません。というか飽きてません。
 そんな友達を止めるべきかどうか迷いながら、もう一人の妖精は付いていきます。
 二人は湖を離れて別の場所で探すことにしました。
 その道中、なんとも意外な人が現れて――――


 ☆


 紅魔館ではまずあしらわれ、次は一緒に遊べないから断ってと、
 理想の姉を見つけ出すことはできなかった。
 だがチルノはまだ姉を欲することに飽きていないらしく、心配する大妖精を余所に姉探しを続けていた。
 大妖精もそんなチルノを放ってはおけずにその後を追っている。
 実のところを言うと、もし本当に姉になる人物が現れたらと気にしているだけである。

 そんな二人は兎角それらしい者がいそうな所を探して飛んでいた。
 姉を捜す前にそれがいる場所を探すというのが行き当たりばったりな妖精らしい。
 ただしそんなことで居もしない理想の姉を見つけることなどできるはずがない。
 いい加減飛び続けたところで、出会う妖怪も人間もそれらしいものは見つからなかった。
 それでもチルノの興味が続いている辺り、本人にとってはよほどのことなのだろう。
「ねぇチルノちゃん」
「んー?」
「そんなにお姉ちゃんが欲しい?」
 なんとなくとは言っていたが、そこには必ず動機がある。
 大妖精はそこが知りたかった。
「うん」
 チルノは肯定の頷きを返す。
 どうして。そう大妖精が聞く前に答えはチルノの方から教えてくれた。
 話はやはり昨日見かけた姉妹のことまで遡る。
「あたい達ってさ。お父さんとかお母さんとか、兄弟とかいないじゃない」
 妖精は自然から生まれ出でるものとされている。
 それは妖精自身知らないことなので他の種族の知るところではない。
 しかしわかっているのは自分たちには血の繋がった家族はいないということだ。
 それぞれがどこから来たのか分からない以上それくらいしか認識できることはない。
「だから“ああいうの”見たら羨ましいのよ」
 無い物ねだりと他人は言うだろうか。
 だが自分は理解できる。無いものと言われても羨ましいと思う気持ちを抑えることなどできない。
 あることを当然として見ていれば、最初からもっていない者がどう感じるかなど分からないのだ。
「いい話ね」
「ん? ……ひゃあああっ!」
 声のするままに首を動かした二人は突然の闖入者に驚きの声を上げた。
 気配も予兆もない登場は、何度されても気分の良いものではない。
 ましてやそれが初対面であるならば当たり前のことだ。
「あ、あんた誰よっ」
 チルノが警戒心を剥き出しにして尋ねると、その相手はにっこりと微笑みながら答えた。「私? 私は通りすがりの善良な妖怪、八雲紫よ」
 善良な妖怪が寿命を縮まらせるような登場をするだろうか。
 いやそもそも善良と自称することそのものが怪しさを倍増させている。
「あらあらそんなに怖がらなくても、取って食べるつもりはないのに」
 露骨に怯えや畏怖を見せる妖精二人に、紫は苦笑を浮かべる。
 それでも二人は紫への警戒を解こうとはしない。当然だ。
「せっかくお姉さんになってあげようって来てあげたのにねぇ」
 その言葉にチルノの耳がぴくりと動いた。
 チルノの背中にしがみつく大妖精はそれを見て、まさかと思う。
 吸血鬼姉妹の姉の時もそうだったが、チルノも相手の力量が分からないわけでもないだろう。
 下手なことをすれば自分たち妖精など一捻り、運が悪ければ木っ端微塵だ。
 そんな相手にでもチルノは平気で突っかかったり、ちょっかいを出したりする。
 それで痛い目を見ても本人はまったく懲りないのだが、それ故に他から見ると怖くてしょうがない。
「本当に?」
 あぁやっぱりと当惑する大妖精はまたまたスルーし、チルノは自ら名乗りを上げる紫に目を輝かせている。
 しかしそこではたと気がついた。
「ねぇ、なんであたいがお姉ちゃんが欲しいこと知ってるのさ」
 それは大妖精も思ったことだ。
 いきなり現れた上何も言っていないのに、自分からこの話を切り出した。
 考えれば考えるほど怪しさは増す一方で、それに合わせてチルノが近づくことを止めたくなる。
 だがそれができないくらい紫から感じるプレッシャーは異様なものだった。
 臆さずに相手をしていられるチルノはやはり大物ということなのだろうか。
「ずっと“視てた”からね」
 何やら含みを持った言い方に首を傾げる妖精二人に紫は、どうだっていいじゃないと話を括った。
「それよりどうする? お姉さんになってあげるって言ってるけど」
「うーん……」
 ここで即答するかと思われたチルノだったが、意外にも渋る素振りを見せる。
 大妖精としては嬉しいことだが、その意外な反応に困惑もしてしまう。
「なぁんか……違うんだよね」
「違うって?」
 まじまじと足の先から頭のてっぺんまで、紫のことを凝視するチルノ。
 それに倣って大妖精も紫を見てみるが特に怪しいところはない。怪しすぎて逆に怪しいところが特定できないともいえる。
「あぁ、そっか」
 合点がいったようにチルノは手を打つ。
 そして紫を指差しながら言った。
「お姉ちゃんて言うより、むしろおb――」
 瞬きをした刹那、チルノの姿が目の前から消えた。
 あまりにも一瞬すぎる出来事に大妖精はしばらく唖然としていた。
「あれ、チルノちゃんは?」
 ようやく状況を理解し始めた大妖精は友の姿を探して周囲を見回す。
 その視線がにこにこと微笑を浮かべる紫とかち合った。
 頭で理解するより早く、背筋を悪寒が駆け抜ける。本能が危険信号を発しているのだ。
 それは実力差から生まれる威圧感ではない。それ以上に危険すぎる得体の知れない気配を紫は放っていた。
「あの子を見つけたら言っておいてね」
「ふ、ふぇ!?」
 突然話しかけられて大妖精は上擦った返事をしてしまった。
 だが紫はそんなことを気にも留めず話を続けた。
「滅多なことを言うものじゃない。次は無いってことを足りない頭をフル稼働して刻みつけておきなさい、って」
 大妖精は紫の言わんとしていることが理解できなかった。
 ただ一つ、もうチルノとこの妖怪を会わせてはいけないということだけはわかった。
 大妖精はぺこりと頭を下げると消えたチルノを探しすために慌ててその場を後にした。


 ☆


 妖怪の逆鱗に触れた氷精はどこかの山に飛ばされました。
 周りをきょろきょろ見渡しても友達の姿はありません。むしろ獣一匹見えません。
 いったい何が起こったのか、それは氷精本人が知りたいところ。
 でも考えるのが苦手な氷精は、すぐに頭から煙を出してしまいます。
 結局いつものように深くは考えることもなく、四度姉探しに出発しました。
 二度あることは三度ある、それでは四度目はどうでしょう……。


 ☆


 大妖精とはぐれたところで、あのチルノが心細さを感じるわけもなかった。
 勝手にいなくなったものと勘違いして悪態を吐く始末。
「まったく、迷子になるなんて大妖精もまだまだ子供ね」
 棚に上げての発言はチルノの十八番だ。この幻想郷にはそんな奴山ほどいるが。
 そんなチルノが呟いた言葉を耳で拾った者がいた。
「友達をそんな風に言うもんじゃないでしょ」
「何よ。やる気?」
 気配を感じ取ったチルノは驚くことはなく、むしろその相手に敵意を見せた。
 白い帽子を被って、色の薄いふわふわした髪の毛を有した雪のような少女。
 チルノよりは随分大人びた印象を受けるが、まあチルノと比べれば大抵そうだろう。
 その少女の名はレティ・ホワイトロック――冬の妖怪だ。
 チルノ達と面識があるが、その能力故かチルノからは勝手にライバル視されている。
 とは言ってもその力の差は歴然としており、最初から勝ち目はないのだがそれでもチルノは納得していない。
「あなたはいつもそうね。たまには穏便に話ができないものかしら」
「うっさいわね! あたいはあんたに勝つんだから」
「はいはい。でも今はやるき無いからね。また今度」
 敵意というか闘志を剥き出しにするチルノに対し、レティはあくまで平静を貫く姿勢を崩さない。
 強者の余裕と言うよりは、妖怪のできた人生?の先輩として振る舞っているようだ。
「それより、さっき大妖精のことを言ってたようだけど?」
「盗み聞きなんて質が悪いわね」
「私がお昼寝をしていた所に急にあなたが現れたんでしょうが」
「む〜……あぁ言えばこう言う!」
「それはあなたの方よ。あなたらしいとも言えるけど」
 どう反撃しても一向に立場が逆転することはない。
 しばらく噛みつき続けたチルノも渋々自身の不利を認めるようにレティの会話に応じ始めた。
「それで大妖精と何かあったの?」
「別にケンカしたわけじゃないもん」
「誰もそんなことは言ってないじゃない。それじゃあはぐれただけなのね」
 チルノは頷きを帰して肯定する。
「……あたいと大妖精でお姉ちゃんを探してたのよ」
「お姉ちゃん? いったいなんでまた」
 いつものチルノならここで「あんたには関係ないじゃない」と続けるところだろう。
 だが怒りを収められ毒気を抜かれた今は、不服そうに尖らせながらもここまでの経緯を話すことができるようだった。



「ふぅん。あなたでもそんな風に思うこともあるのね」
 チルノから姉探しの訳を聞いたレティの開口一番がそれだった。
 だがその言葉には茶化すような印象はない。
 純粋に驚いたというか、意外だったというようなニュアンスである。
「でもさ、吸血鬼はお姉ちゃんにはなってくれなかったし。紅魔館の門番は一緒に遊べないし。
 いきなり出てきた妖怪はなんかそんな感じじゃなかったし」
 ここに紫が居たなら今度こそチルノは消されていたことだろう。
 外見はそうでもないのだがやはり内面から作られる雰囲気や印象というものは外見以上にその者を語るらしい。
 閑話休題。ともかくこれでレティはチルノが急に現れた理由も、大妖精と一緒にいない理由も全て把握できたわけだ。
 そしてチルノはまだその目的を達せられないでいる。
「チルノがそこまで頑張るとはね」
「何よ。あたいがお姉ちゃんを欲しがっちゃいけないの?」
 そう言ってるわけじゃないでしょとレティは苦笑する。
「姉になっても良いって言ってくれて、一緒に遊べる人か……」
「人じゃなくて妖怪でも良いわよ」
 そんなことは言われなくてもわかっている。だが人間でも妖怪でも誰でも良いという切実な響きがそこには含まれていた。
「それじゃあ私にする?」
「えぇ〜っ!」
「不服なのは分かるけど顔と声の両方で表現されると辛いわねぇ」
「でもさぁ」
「冗談よ。そもそもあなたが了承するはずないものね」
 あながち冗談じゃなかったんだけど、とレティはチルノには聞こえない声で呟いた。
 ただ自分とて冬が終わればまた次の冬が来るまで会えないのだ。
 いつも一緒にいて遊べる姉にはなれない。
 だがレティはわかっていた。チルノは気付いていないだけなのだ。
 姉がいないというのは要するに血のつながりの話でしかなく、心の繋がりで家族などいくらでも作れるということに。
 そしてもうすでにチルノには立派な姉が居るのだ。
「――ノちゃぁ〜ん……」
 そこへ必死にチルノの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
 目の前で友達が消えたのだ。心配するのは当然のこと。
「大妖精だ。もぅ何処に行ってたのよ」
 こちらに向かって飛んでくる大妖精を見てチルノはやれやれと肩をすくめる。
 本当は自分の方が何処かに行っていたのだが、その自覚が無いのでは仕方ない。
「ち、チルノちゃ〜ん。良かったよぅ」
 肩で息を切っているのを見ると余程探していたのだろう。
 それに見つけるやいなや抱きついたところを考えれば心配という一言では表せないくらいの不安に囚われていたに違いない。
「もぅ! 突然いなくなちゃうんだから」
「あれれ、そうだったの?」
 チルノがいつものようにとぼけた反応を返すと大妖精はまた「もぅ」と言った。
 ここまでされて気付かないとはチルノの鈍感さには呆れすら感じる。
「それじゃあ私は別の場所で寝ることにするわ」
 邪魔をるのは野暮というもの。その辺りが理解できないお子様ではないレティはその場を離れようと声を掛けた。
 そのとき呼び止められる声が聞こえ、レティは思わず振り返った。
 ただ呼ばれただけならそんな反応を示さなかったかもしれない。
「あ、のさっ。レティ」
「どうしたの。まだ何か用?」
 呼び止めのはチルノだ。大妖精がチルノのことで何か謝るならわかるがそうではなかった。
「……その、さっきは冗談でも少し、嬉しかった」
 言ってる内に恥ずかしくなってきたのか、それともレティ相手に言うのが憚られたのか言葉尻は酷く小さなものだった。
 だがこの場には夏場のように全てをかき消す蝉の声はない。
 しんと降り積もった雪は静寂を生み、チルノの言葉はしっかりとレティに届いていた。
 だがレティは敢えて聞こえないふりを装う。多分聞こえていたことが知れたらまたチルノは顔を真っ赤にして怒るだろう。
 ただそうなるとこの後の大妖精が大変だ。だからレティは――
「じゃあまたね」
 とだけ告げると陽が落ちようとしている空へと消えていった。


 ☆


 結局お姉ちゃんは見つからずじまい。
 だけどもうすぐ陽が落ちて、烏が鳴くから帰りましょう。
 夜になったら寝る時間。
 そうしたら氷精もけろっと今日のことは忘れているでしょう。
 ですが忘れないこともあるはずです。
 ぎゅっと繋いだ手の平は冷たいのと温かいのが交じった不思議な温度。


 ☆


 その夜のこと。


「ねぇチルノちゃん。お姉さんはどうするの」
「そうだね……どうしよっか」
 あれだけ飛び回るほど諦めてなかったのに、もうすっかりその気はないようだ。
 いつものチルノらしさに大妖精は胸をなで下ろすが同時に一抹の寂しさも感じていた。
「まだ欲しい?」
 大妖精の問いにチルノは沈黙を返す。
 それは否定かと大妖精は取るがどうやらそういうことではなかったらしい。
 しばらくしてチルノは口を開いた。
「欲しい。でももういいや」
「いいの?」
 だがそれは大妖精の考える諦めを意味した「いいや」ではなかった。
「全部あたいのお姉ちゃんにするから」
 大妖精は一日の最後にまたチルノの言葉に唖然とした。
 全部、とは多分そのままの意味だろう。
 そして最後にチルノは一言を付け足した。


「勿論大妖精もだからね」


 しばしの逡巡の後、大妖精は隣に座るチルノをぎゅぅと抱きしめた。
 突然のことに慌てるチルノだったが、それでも大妖精はお構いなしでそのままぎゅっとし続けた。
(チルノちゃんのバカ……)
 満面の笑みを月明かりに照らしながら、大妖精は心の中で呟いたのだった。


《終幕》


☆後書☆

 世界妖精物語〜姉を求めて三由旬〜をお送りしました。
 やっぱり妖精達は書いてて楽しい。小さい子供が無邪気に遊んでいる姿は心洗われます。
 ……って書くと、完全に私がROな人種みたいですね。
 まあ結構其の気はあると自覚してますが……。

 結構前に書き上げていたのに、サイトに上げるのを忘れていたという。

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