あたい記念日


 長月上旬の或る日。
 中秋の名月には程遠く、何の変哲もなく過ぎ去るはずの週末。
 そんな普通の日が、いきなり自分にとって特別な日になるとは誰が思うだろうか。

 彼女にとっても、その日は何てことはない、只の一日として過ぎ去る筈だった。
 しかし昼寝を妨げてやって来た友達の言葉によって、
 彼女は己の知らぬ所で定められた特別な日の存在を知ることになる。


 霧の湖に氷を浮かべ、シエスタを楽しんでいるのはお馴染みチルノ。
 自身の冷気で割れる心配のない氷を維持し続けられるチルノならではのスタイルだ。
 ここならまず誰に邪魔をされるでもなく――――

「チルノちゃんっチルノちゃんっ、チルノちゃ〜んっ!」
「なになになに、なにっ……っキャアアアッ」
「きゃああっ、チルノちゃーんっ」

 簡単に今起こったことをまとめてみよう。
 チルノが寝ているところに、大妖精が慌てた様子で飛んできた。
 その大声に吃驚して飛び起きたチルノは、バランスを崩して湖へ。
 それを見た大妖精も大声を上げて、パニクってしまった、とまあこんな感じである。

 なんとも微笑ましい、日常的な光景だろうか。


 ひとまず岸に上がったチルノは、服の裾を絞りながら大妖精を睨み付けていた。
 昼寝を邪魔されただけでも憤慨ものなのに、湖に落とされるなんて言語道断。
 落ちたのは自分が吃驚した所為だという意識はこれっぽちも無いらしい。
 大妖精も自分に非があると、ぺこぺこ頭を下げてしまっているものだから、チルノは図に乗る一方だ。

「で、何の用よ」
「ごめんねチルノちゃん」
「もう、ごめんね、は聞き飽きたわ。だから用は何なのかって聞いてるの」

 ぷるぷると頭を振るって、さながら水に濡れた犬のように水を飛ばすチルノ。
 その水飛沫から顔を両手で隠しながら、大妖精は慌てていた理由を徐に話し始めた。

「あのね、今日は何月何日かわかる?」
「何それ」
「あ、そうだよね。チルノちゃんが知ってるわけ無いよね」

 妖怪ならまだしも、妖精が日付を気にすることなどない。
 根本的なことを見逃していた大妖精は、がっくりと肩を落とした。
 しかしチルノはそれで納得するはずがない。
 なんだかバカにされたような言い方だけされて、後は何も言わないなんて気になって仕方がない。

「ちょっと、何なのよさっきから!」
「えと、えっとね、聞いただけで私もよく分かんないだけどね」
「うん」


「今日って“チルノちゃんの日”なんだって!」


 よく分からない。
 自分の日だと言われて、ピンと来ることが何もない。
 チルノは目を瞬かせるだけで、何の反応も示せずにいた。
 そりゃあそうだ。よく分からないのだから。

 誕生日とかいう日は、人間達はなにやらお祝いするらしい。
 だがそれは生まれた日付を重視し、歳を性格に把握するためのもの。
 そんな日を気にするのは寿命を気にする人間くらいなものだ。
 それに日付を気にもしないし、何より妖精は自分がどうやって生まれてきたかも分かっちゃいない。

 それなら誰かとの記念の日なのか。
 いやそれもない。
 だって記念なんて、あっという間に忘れてしまうんだから。

 だから自分の日なんて、いきなり言われたって「そうなんだ」の一言では済ますことはできない。
 ……できないのが普通なのだが。

「あたいの日? 今日が?」
「うん、そうだって言ってる人を何人か見かけたよ」
「そっか……今日って、あたいの日だったんだ」
「チルノ、ちゃん?」


「よーやく世間があたいを最強だって認めたのねっ」


 適応能力が高いと言うべきか、単に単純と言うべきか、それともバカだと言うべきか。
 なんにせよチルノは「今日がチルノの日」だということを、あっさりと受け取ってしまった。
 それどころか、自分の日だと言われて喜ぶ始末。

 その様子に大妖精は困惑しつつも、喜ぶチルノを見ては微笑ましく感じていた。
 よく分からないまま、チルノに教えたけれど、喜んでもらえたなら良かったと。

「ねえ大妖精、それで今日は何月何日だったっけ?」
「んと……人間の暦で“九月九日”って言ってたような……」
「成る程。九月九日があたいの日かぁ、えへへ」

 チルノが最初に思ったのは、覚えやすいの一言だった。
 だって十二月二十五日とかだと、四つも数字を覚えておかなきゃいけない。
 それに十以上の数字は覚えにくいのだ。指も使えないし。
 それに比べて九月九日は良い。
 指九本で事足りるし、一つ覚えていたらもう一つも覚えなくて済む。

 しかしそう単純に考えるチルノと違って、大妖精はある疑問に首を傾げていた。

「でもどうして、九月九日がチルノちゃんの日なんだろう」
「そんなの決まってるじゃない」

 即答するチルノに、大妖精は驚きを隠せない。
 繋がりなんて全然予想できないことを、チルノは分かると断言した。
 その物言いからして、かなり自信があるらしい。
 大妖精には分からない以上、その答えは是非とも聞いてみたい。

「どうして九月九日がチルノちゃんの日なの?」
「簡単よ。あたいが最強だからに決まってるじゃない」

 大妖精は分からないと悟る前に、チルノが言いたいことを考えることにした。
 チルノは自身が分かっていることは前提として話すため、肝心の部分は省略して話す癖がある。
 だから大抵の者はわけが分からないと匙を投げるのだが、大妖精は違う。
 チルノの癖は知っているし、何よりチルノとの付き合ってきた歳月は伊達ではない。

(チルノちゃんが最強だから、というのは最後の答え。チルノちゃんが最強だから、九月九日はチルノちゃんの日……)

 最強と九月九日には何か関係があるのか。
 いやあるからこそ、チルノはそうだと言ったのだ。
 そう、それはつまり――――

「そっか、九月九日は最強なんだっ」
「最強はあたいの方よ」
「そ、そうだね。でも最強だから九月九日がチルノちゃんの日なんだよね?」
「そうよ」
「なんで最強だと九月九日なの?」

 まだ完全には理解していない大妖精に、チルノは溜息を吐く。
 まるで「そんなことも分からないなんて、バカじゃないの」と言わんばかりだ。
 チルノにされて腹が立つことのベストスリーには入りそうな態度だが、大妖精がその程度で怒ることはない。

「九って言うのは数字の中じゃ最強なの」


 少し前のこと。
 森の上を飛んでいたら、夕立に降られたチルノは雨宿りできる場所を求めて地上へと降りた。
 そこで偶然道具屋を見つけ、その軒下で休んでいたのだが、その中で面白い話をしていたので
 雨が止んでもしばらくそこで聞き耳を立てていたのだ。
 話の半分も理解できなかったが、数字の中で「九」は一番大きい、つまり最強の数なのだということは理解した。


 だからチルノにとって、九という数字は特別な物なのだ。
 その理屈でいけば、九月九日という「九」が二つも並ぶ日は、一年の中で一番最強の日だと言える。

「そっか、なるほど……さすがチルノちゃんだねっ」
「このくらい最強のあたいには朝飯前よ」

 おだてられ鼻高々のチルノ。
 大妖精も何も疑うことなく、チルノに賛美の視線を送っているが、二人は全く気付いていない。


 九月九日。


 この日がどうして、チルノの日と呼ばれるのか。
 その真の意味が本人の耳に入るのは、果たしていつのことになるのだろうか。


《終幕》


☆後書☆

 九月九日はチルノの日!

 ※ツッコミ役不在のため、言いたいことはそれぞれにぶつけてください。

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