貴方の厄を祓いましょう


 とおりゃんせ、とおりゃんせ。
 ここは厄神様の通り道。鍵山雛の通り道。
 今日も厄を集めるために、くるりくるりと厄探し。
 東に厄有りゃ東へ飛んで、西に厄有りゃ西に飛ぶ。
 さてさて、今日は何処に厄があるのやら。


  ☆


 頭のリボンは飾りじゃないの。
 厄を感じるアンテナ代わり。
 強い厄を感じたら、すかさずキャッチで逃がさない。
 感じた厄は、あごの下で結わえた髪に伝わって、私に方角を教えてくれる。
 これでばっちり厄探し。
 ほら早速反応してる……。


「むむむ。感じる感じる、厄の気配」
 厄レーダーが反応し、やって来たのは寂れた神社。
 その境内の賽銭箱がどうやら怪しい。
 中を覗くと賽銭なんて入ってない。入っているのは厄ばかり。
「これは酷い。早速厄を集めましょう」
「こらあんた、人様の賽銭箱に何やってんの」
 そこへ来たのは、目出度い衣装の紅白巫女。
 けれどちっとも目出度くない。
 特製厄レーダーが、びびびと反応するほどの厄溜まり。
「こんにちは。貴方の“客が来ない厄”を祓いに来たわ」
「ここは神社よ。厄払いなら間に合ってる」
「まぁそう言わないで」
 にっこり微笑み厄神スマイル。白い歯キラリと満点笑顔。
 巫女の文句もなんのその。
「厄を祓えばお客が来るかもしれないよ?」
「何言ってるの。客が来ないのはあんたみたいのが来るからでしょうが」
「あらそう。だったらさっさと帰ります。だけど厄はもらっていくね」
 厄を祓い集めるだけが、厄神様のお仕事です。
 客が来ようとなかろうと、厄さえ貰えりゃそれでいい。


  ☆


 再びくるくる回って厄探し。
 回っているのも酔狂じゃない。ちゃんと意味があるんです。
 あらあら今度はこっちから、じっとり湿気た厄の気配。
 早速集めに行きましょう。


 森の入り口にある、がらくただらけの古道具屋。
 こんな陰気な場所だから、厄もたっぷり溜まっていそう。
 カランコロンとベルを鳴らし、呼ばれてないけど私参上。
「おや見ない顔だね。いったい何をご所望かな」
「こんにちは。貴方の“儲からない厄”を祓いに来たわ」
 奥から出てきた優男。だけど私はお客じゃない。
 この店の中、溜まった厄を集めに来ただけ。
「なんだ押し売りなら結構」
「押し売りなんかじゃありません。強いて言うなら押し祓い?」
「お支払い? やっぱり何か買うのかい?」
 どうにも会話が噛み合わない。
 さっさと集めて出て行きましょう。
「厄を祓えば儲かるかもよ?」
「それより何か買ってくれ。そっちの方が余程助かる」
「生憎私はお金を持たない主義ですの」
 お金じゃ厄は買えないものね。


  ☆


 厄よりも埃が溜まった店を出て、途端に感じる厄の気配。
 有るのはどうやら森の奥。
 陰気で暗い森のよりも、もっと陰気な厄みたい。


 ひっそり佇む小さな洋館。
 窓から覗くは小さな眼。沢山並んだ可愛い人形。
 まるで生きてるみたいにこっちを見てる。
「人の家の前で何の用」
 どうやら警備装置だったのかしら。
 扉が開いて現れたのは、これまた人形みたいな女の子。
 服の趣味は私と気が合うみたい。私の方がセンス良いけど。
 けれども全身から厄が漂ってるのはいただけない。
 厄を漂わせるのは私の十八番。
「こんにちは。貴方の“寂しい厄”を祓いに来たわ」
「寂しいって誰のことよ」
「勿論貴方。友達とかいないんじゃない?」
 途端に崩れて膝を突く。あらもしかして図星かしら。
 でも大丈夫。この鍵山雛が来たからにはもう安心。
「一体何よ、さっきから。ケンカでも売りに来たの?」
「だから売りに来たわけじゃないってば。厄を祓えば明るくなるかも」
「悪かったわね。明るくないのは生まれつきよ」
 なんだか怒らせちゃったみたい。
 だけど心の底から怒ってる様には思えない。
 気の所為かしら。気の所為ね。


  ☆


 厄を集めるのも楽じゃない。
 ちょっとここらで一休み――しようと思った矢先に厄の気配。
 まったくこの世は厄だらけ。
 仕方がない。休む前にもう一仕事といきますか。


 降り立ったのは霧立ちこめたる湖の側。
 湖の中に足首浸し、溜息漏らす妖精が一匹。
 空色のワンピースには似合わない憂い顔。
「そんなに厄い顔してどうしたの」
「や、厄い顔ってどんな顔です。というかあなたは誰ですか」
「こんにちは。貴方の“振り回される厄”を祓いに来たわ」
「いや私は誰かって聞いたんですが」
 そんなのどうでもいいじゃない。
 私は厄を集めに来ただけ。貴方は厄を渡すだけ。
 早速厄をいただきま――あら、また誰か来たみたい。
「あれれ、見ない顔だね。あんたはだぁれ?」
 氷の羽をパタパタさせて、ぽやぽや頭がやって来た。
 この子は厄とは無縁のようね。
「私は厄神。今みんなの厄を集めているの」
「厄を集めるといいことあるの?」
「みんなが幸せになれるかも」
「それ本当?」
 言ったら氷精眼を輝かせ、あたいも欲しいと言い出した。
 厄が欲しいなんて珍しい子。
「それじゃあほんの少しだけ、厄を分けてあげますわ」
「なんだ、あんた良いヤツね」
「チルノちゃん。やめといた方が良いと思うけど」
 もう一人の子がおろおろしながら止めるけど、氷精は聞く耳持たず大はしゃぎ。
 成る程ね。厄呼ぶ元はこの氷精か。
「それじゃあ行こうか大妖精。今日もみんなと隠れん坊でしょ?」
「あ、うん。それじゃ失礼します」
 ぺこりと頭を下げて飛んでく妖精2匹。
 手を振り見送る私の前で、あの氷精が落下した。
 どこかでやってる弾幕ごっこ。その流れ弾に当たったみたい。
 慌てて落ちた子追いかけて、大妖精が降りていく。
 まあ私の所為じゃないわよね。


  ☆


 休憩した上、思わぬ所で厄もゲット。
 だけど霧の中に居た所為で、せっかくの服が濡れちゃった。
 雲の上で渇かしましょう。太陽さんさん気持ちが良いし。
 なのに感じる厄の気配。一体何処から感じるのかしら。


「こんにちは。貴方の“目立たない厄”を祓いに来たわ」
 雲の上に居た女の子。
 黒い服着て、黙ったままで。
 ヴァイオリン片手にこちらを一瞥。
「なんの用」
「だから厄を祓いに来たの」
「別に困っていないけど」
 困っているとかいないとか、そんなの私に関係ない。
 どうして厄を集めるの? そこに厄があるからさ。
「――と、いうわけで」
「ちょっと待て。一体何が「というわけ」?」
「まぁまぁまぁ。細かいことは良いじゃない。厄を祓えば目立てるかもよ?」
「目立ちたいとは思ってないわ」
「でも実際地味でしょう? 服も黒いし、口調も堅い」
「地味なのは認めるけれど、それは厄の所為じゃない。単に気圧が低いだけ」
 そこまで言うなら仕方がない。
 服も乾いて良い感じだし、厄だけもらってさようなら。
 

  ☆


 あまり山の外には出なかったけど、こんなに厄があるなんて。
 これはちょくちょく山降りて、集めなければいけないようね。
 厄神としての腕が鳴る。
 ほらまたあんな所に厄溜まり。


 水面静かな三途の川の、静寂破る寝息といびき。
 女の子なのにはしたない。
「こんにちは、貴方の“叱られやすい厄”を祓いに来たわ」
「ん、誰だい。あたいの眠りを妨げるのは……って、緑の髪ぃ!?」
 飛び上がるほど驚いて、目を覚ましたのは江戸っ子口調の死神さん。
 私の何処が怖いのか、必死で土下座を繰り返す。
 一秒間に十回以上のごめんなさいとは器用なことを。
「もしかして誰かと間違えてない?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……って、え? ありゃ本当」
 違う奴だと気付くやいなや、手の平返して笑い出す。
 死神なのにやたらと明るいわね、こいつ。
「それでなんの用だって?」
「厄を祓いに来てあげたの。貴方いっぱい叱られてるでしょう?」
「そうなんだよ。聞いてくれるかい?」
 しまった、この手のタイプは愚痴らせると長いんだ。
 厄だけもらって去れば良かったのに、思わず話しかけちゃった。
 厄神スマイルで誤魔化すけれど、だんだん我慢も限界に。
「あの人も、もう少し放っておいてくれてもいいのにさ。あんな怒ってばかりで何が面白いのかね」
「あー、そうかもね」
 そろそろ適当に終わらせて、さっさとここから離れましょ。
 あら、また厄の気配? この死神の背後から?

「こんな所でお喋りなんて。なんとも良いご身分ね」

 可愛らしいのにどこかドスの利いた声色が、その背後から響き渡る。
 死神の顔が笑顔で固まる。
 ぎこちなく振り向くと、そこには閻魔様の顔をした閻魔様。
「え、映姫様。どうしてこちらに?」
「いつまで経っても次の霊が来ないから、私自ら様子を見に来たのです」
「そ、それはどうもご苦労様です」
「えぇ本当に。怠惰な部下を持つと苦労ばかりです」
 そうそう、貴方の厄は“苦労の厄”。
 随分溜まってるところを見ると、サボり癖があるようね。
 ここには度々やって来て、厄を集める事が出来そうだわ。
「まったく、あなたという死神は。いつまで経ってもそのサボり癖を云々……」
 今度は閻魔の説教が始まって、私はすっかり蔑ろ。
 まぁいいや、これで好きにおさらばできる。
 二人分の厄も貰ったし、後は若い二人にお任せしましょ。


  ☆
 

 結構厄は集まったけど、厄レーダーはまだまだ反応。
 私一人じゃ到底無理ね。

 ――仕方がない、奥の手と行きますか。

 空に両手を高く掲げて精神集中。
 そして唱えるあの言葉。厄神とっておきの必殺技よ。


「みんなの厄を分けてくれ!」


 しばらくすると、やって来る来る幻想郷のみんなの厄が。
 一人一人から集められる厄は少ないけれど、たまにやれば効果絶大。
 厄溜まりの人間は、これからも個々で当たって厄を回収する必要があるみたい。
 あいつ等ったら厄を祓ってあげても、厄呼ぶ元を断とうとしないんだもの。
 だから私の役目は無くならないし、信仰だって手に入る。
 持ちつ持たれつ良い関係。

 さてこの集めた厄はどうしよう。
 ちょっぴりやり過ぎ、集めすぎ。
 厄をため込む程度の能力を持つのがこの私。
 だけどこの量は周りに置いておくには危なすぎ。
 私は大丈夫でも、私の周りは厄だらけ。
 こういうときは縮めて丸めて、ぎゅーっと圧縮。
 林檎程度に圧縮したら、後はこいつを人気の無いところで風化させ、人知れず消えれば万事オッケイ。

「――ということで、どっかに行っちゃえ「災厄玉」っ!!」

 クルクル回って力を溜めて、それを一気に解き放つ。
 厄神様のキックは世界一ぃっ!
 こっちに蹴れば、多分無名の丘くらいに届くはず。
 あれれ? こっちだったかな。
 まぁもうけっ飛ばしちゃったし、触っただけで不幸が起これば誰も拾いはしないでしょ。


  ☆


 とおりゃんせ、とおりゃんせ。
 ここは厄神様の通り道。鍵山雛の通り道。
 今日もお役目お務めご苦労様です。

 ところで、厄神様がけっ飛ばした厄の玉。
 あの行く末はどうなったのか。
 最後にほんの少しだけ、その顛末をお話ししよう。


  ☆


 厄神様もやって来た、霧の湖のその湖畔。
 妖精が居たのとは真逆の場所に、聳え立つのは紅い館。
 その門に立つ一人の女性。
 すらりと伸びた美脚を武器に、不届きものをなぎ倒す。
 一騎当千。紅魔の門番、紅美鈴とは彼女のこと。
 されどその実力も、奮う相手がいなけりゃ意味がない。
 今日は黒白のネズミもやって来ないし。
 暇が続くとどうしても、出てくるものがある。
 陽射しも風も良い具合に心地よく、その衝動は抑えられない。
 大口開いて背伸びして、眠気を飛ばす大あくび。


 さて、その後の門番の行く末や如何に――――


《終幕》


☆後書☆

 鍵山雛がクルクル回る様子を幻視していただけたら幸いです。
 リズムを意識しているのも、それが要因だったり。

 なんとも頭の悪い内容ですが、けして雛様が頭が悪いと言っているわけではなく。
 まぁ二面ボスだし、これくらいの方が合ってるかなぁと。

 あ、あと雛様の頭のリボンってアンテナっぽくね?
 賛同していただける方絶賛募集中ですw

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