紋様の真意
ある晴れた日のこと。いつものように茸を採りに森の中を彷徨っていた魔理沙は、妙な物を見つけて首を傾げていた。
木の皮に何やら紋様が描かれているのだ。それが何枚か周囲に散らばっている。
こんな物が天然に生じる筈はない。
昨日の今日で現れたとなれば、これは何者かが落としていったものに違いないだろう。
一体誰が、何の理由で、この妙な物を落としていったのか。
考えを巡らせる内に、魔理沙の興味と好奇心がむくむくと鎌首をもたげてくる。
「これは……調べてみる価値がありそうだぜ」
当初予定していた茸狩りを急遽止めにし、魔理沙はその木の皮を持ってある場所へと向かった。
☆
「おーい、居るんだろう。居ることは分かってるから、勝手に入るぜ」
言いながら魔理沙は、躊躇無くその扉を開いて家の中へと入っていく。
そこには椅子に座って本を読みながら、呆れと諦めを含んだ視線を送ってくる霖之助の姿があった。
「もし留守だったらどうするんだ」
「留守なら鍵が掛かってるさ。そもそもここは店なんだろう? 店なら勝手に入ったって良いはずだ」
「そういうのは客らしい振る舞いをしてから言って欲しいものだね」
と、いつもの調子で挨拶代わりのやり取りを続ける二人。
その内に霖之助の方から本題に入るように会話が流れていく。
「ところで今日は何の用だい」
「そうそう。今日は少し客らしい用事があるんだ」
「ほぅ、ようやく心を入れ替える気になったのか」
「心なんか入れ替えられないぜ。とりあえずこれを見てくれ」
そう言って魔理沙は懐から、先程見つけた例の木の皮を取り出して、霖之助の前に差し出した。
霖之助も見慣れない物なのだろう。眼鏡をくいと上げて、魔理沙の持つそれに興味を示し始めた。
「これは……」
「さっき茸の代わりに見つけたんだ。面白そうだが、何なのかが分からない。だから香霖に見てもらおうと思って持ってきたんだ」
「ふむ。もっとよく見せて貰おうか」
霖之助はその一枚を手に取ると、裏返したり逸らしてみたりしながら観察を続けた。
その両目には、道具の名称と用途が映っている筈だ。
魔理沙はそれによって、これが何なのかを知るためにやって来たのだ。
程なくして、霖之助の口からこの紋様の描かれた木の皮の正体が告げられる。
「これは“木簡”だね」
「もっかん?」
「古い時代の紙だよ。竹の皮を用いた“竹簡”というものもある」
「なるほどな。で、この紋様は何なんだ?」
魔理沙が知りたいのはそこである。
これが竹に書かれていようと、石に書かれていようと関係ない。
何故自然界の物に、奇妙な紋様が描かれているのか。
それが魔理沙の興味対象なのだから。
「そこまではわからないよ。僕の知りうる情報は、この名称と用途だけだ」
「なんだよ〜。相変わらず使えない能力だなぁ」
「相変わらずって。魔理沙は今までどれだけこの能力が役に立ったか覚えていないのかい」
「役に立たないことは忘れる主義なんだ。覚えてないって事は、役に立ってないってことさ」
「なら木簡にでも書いて覚えて置くといい。木簡の用途は“記録を残すこと”だからね」
その言葉に、魔理沙の表情が明るく弾ける。
どうやら今の言葉をヒントに何か思いついたらしい。
「なぁ、今この木簡には「記録」が残されているって言ったよな」
「あぁ。それが用途だからね」
「じゃあこの模様も何かの記録ってことじゃないのか?」
成る程と霖之助は頷いた。
一体何が書かれているのかは分からなくても、それが何かの記録である線は高い。
紋様とは文様とも書く。字も元は文様を簡略化したものだし、この文様の羅列が文であるならこの数も納得がいく。
こんな古い媒体に書かれた物だ。文も紋様という古いものを使っている。
とすればこれは、貴重な年代物ではないのだろうか。
「だがそれにしては綺麗だな」
「綺麗だと問題なのか?」
「綺麗すぎるということは、これは最近書かれたものということだ」
これが古びて今にも朽ちそう代物なら違和感はない。
昔の情報媒体に、昔の文字で、しかも昔に書かれているのだから当然だ。
しかし何故それを今その媒体と文字を使って書く必要があるだろう。
「じゃあ何か。誰かが意図して、わざわざ木簡に紋様で記録を残したって言うのか?」
「それが妥当な答えだろう。多分こんなわけのわからないことをするのは妖怪に違いないだろうけど」
「いったい何が記録されているんだろうな」
わくわくしながら木簡の文様を眺める魔理沙。
まるでそれが宝の地図であるかのように目を輝かせている。
霖之助も興味が無いわけではない。
魔理沙のように表情には出さなくても、ここに書かれたものが何なのかを知りたいという気持ちは彼女と同じだろう。
わざわざそんな手間を使うというくらいだ、ここにはそれだけの何かが書かれてるかもしれない。
そうして二人がロマンを馳せていた時だった。
「ここここ此所っ?」
「なんだなんだ、鶏か!?」
突然ドアが開け放たれ、「こ」を連発しながら飛び入ってくる者がいた。
背中には半透明の羽が生え、背丈は魔理沙の膝くらいしかない。
「なんだ鳥じゃなくて妖精か」
「あんたねっ、人の物勝手に持っていった泥棒はっ」
ズビシッと人差し指を魔理沙に突き付ける妖精。
霖之助はまたやったのかと呆れ顔だが、魔理沙は心外なと言わんばかりに首を横に振る。
そしてこの失礼極まりない妖精の首根っこを掴み、自分の目線まで持ち上げた。
勿論妖精は嫌がってじたばたと暴れ出す。
「は〜な〜せ〜っ! 泥棒の次は乱暴なんて、この人でなしいっ」
「人じゃないのはそこにいる香霖だぜ」
「心外だな。僕だって半分は人間だ」
「で、一体なんだ。人のことを泥棒よばわりするなんて」
「私の大切なもの持っていったでしょっ。友達が見ていたんだからっ」
「大切な物?」
まさか、と思い霖之助はテーブルの上に置いてあった木簡を持ってくる。
それを目にした瞬間、妖精はさらに暴れ出した。
持っていられなくなった魔理沙は思わず手を離し、その隙を突いて妖精は霖之助から木簡を引ったくる。
「やっぱりあんたが持って行ってたんじゃないっ」
「って、それはお前の物なのか?」
「そうよ」
まさか妖精が書いたものだったとは。
しかしこれで書いた者の正体は知れたわけだ。
なら話が早い。内容は書いた本人に聞けばいい。
「で、それは一体何の記録なんだ」
「記録? なにそれ」
「いや、それは記録を残す為の物だって聞いたんだけど」
「これは私達のお手紙よ」
「「手紙ぃ?」」
このわけの分からない模様の羅列で意志の伝達をしていたというのか。
すると妖精は得意げに話し始めた。
「そうよ。妖精はバカだって言ってる奴等が多いからさ。頭が使えることを手紙書いて証明しようって」
「じゃ、じゃあ聞くけど。これは何て書いてあるんだ?」
「こんなのも読めないの? “お日様気持ちいいね”って書いてあんのよ」
成る程言われてみれば、太陽に見えなくもない……気がする。
「じゃあこっちは?」
「これは“りんご食べたい”ね。簡単じゃない」
どう見てもさっきの太陽と区別が付かない。
しかし妖精にはその違いが分かるという。
唖然とする魔理沙に、同じくロマンを砕かれた霖之助が話しかけてきた。
「紙を知らない妖精だから木の皮を使って、字を知らないから文様、つまり絵で伝えようとしたようだ」
「そんなぁ……実はすっごい魔法の暗号かと思っていたのに……」
「まぁ元々森に散乱していたものだったんだろう? そんな大層な物がそう易々とは落ちてるはずかなかったんだ」
しかし妖精の手紙とは珍しい物に違いはない。
ただこれを手紙とわかる者が妖精以外にいるかどうかは……また別の話であるが。
☆後書☆
物書き仲間と夜中に、共通のテーマで三十分くらいで何か書こうぜということになって書いた作品。
せっかくなのでここにも上げておきます。
結局規定の時間内に書けたのは、この内の七割程度で仕上げには1時間ほど掛けてしまったわけですが。
物書きらしい遊びが出来て、結構楽しかったです。
時間があればまたやりたいですね。