略してCCC《1》


 喧騒と雑踏が行き交う人間の里。
 その往来の中、すれ違う人が皆必ず振り返るほど、ここでは奇異な格好をしている女性が居た。和装の住民が多い中、紺と白を基調としてフリルを多用した洋装を着用しているだけでも目を惹くが、注目される一番の理由であるその顔立ちは、そんじょそこらの女性を遙かに凌駕している。
 男だけでなく、女も皆一様にその飾られていない美貌にただ視線を送るしかない。その当の本人だが、特に気にする様子もなく至って堂々と表通りを歩き、目当ての店へと入っていった。
 こんなこと彼女――十六夜咲夜にとっては里に来れば日常茶飯事。逐一気にしていてもしょうがないことなのだから。


 彼女が訪れたのは里では最も高価な食材を扱う食料品店だ。
 幻想郷中の珍味と呼ばれる珍味はここに集まり、特に妖怪の所望するような品でも手に入る。つまりここに用があると言うことは、少なからず妖怪と縁のある者である場合が多い。
 紅い悪魔の棲む館、紅魔館のメイド長である咲夜も、例に違わず妖怪の元で働く人間だ。

「これはこれは十六夜さん。いらっしゃいませ」
「こんにちは、ご亭主」

 紅魔館はこの店の一番の得意先であり、その使いとしてやって来る咲夜も顔なじみの上客であるため、店主自ら応対してくれる。
 小太りで人の良い笑みを浮かべる店主は、両手を擦り合わせながら頭を下げてきた。
 咲夜も社交辞令として微笑を浮かべて礼を返す。

「今日は何をご所望でしょう?」
「紅茶が切れそうなのでいつものを。あと乾し人面果を一袋に、妖怪の山直産の山菜をこれに入る分だけ。そうそう、パチュリー様が上物の木乃伊があればと言っていたわね。包んでくださるかしら」
「へい、木乃伊なら良い物が入ってますよ。ちょいとお待ち下さいね。これ呉平」

 手を叩き丁稚を呼ぶと、先程頼まれた品々を包むように指示を出す店主。
 指示を受けた丁稚は奥へと品物を取りに行った。
 後は金を支払って、別の店で普通の食材や日用品を買って帰るだけ。

「いつも贔屓にしていただきありがとうございます」

 咲夜が店先で品が来るのを待っていると、そこへ店主の妻がお茶を持って現れた。
 上客をただ買い物して貰うだけで返しては失礼に当たるという商人ならではの気配りなのだろう。
 どうせ待っていても潰れる時間は過ぎていくだけだ。それに多少遅れても、咲夜は一瞬で紅魔館へ帰ることができる。

「いただきますわ」

 そう言って咲夜は出された湯飲みに口を付けた。
 成る程良い茶葉を使っている。妖怪相手の商売をやっているだけあって、それなりに儲かっているのだろう。
 ただ入れ方が甘い。自分なら茶葉を最大限に活かせる入れ方ができるのだが。

(まぁそんなことをレクチャーしている時間は無いわよね)

 相手に失礼がないようにと、絶えず笑みを浮かべ続ける商人夫婦。
 それに合わせて咲夜も笑みを浮かべ続ける。
 互いに仕事で笑みを作り続けることには慣れているので、どちらもニコニコ、ニコニコと笑みの応酬を止めない。
 いい加減咲夜の中にうんざりが生じ始めた頃、妻の口から些細な世間話が飛び出した。

「あぁそう言えば咲夜さん。最近人里で噂になっている話、もう聞かれました?」
「噂ですか? いえ、今日はここに来たのが最初なので、そういった感じの話はまだ……」

 それを聞くと、途端妻の顔が綻ぶ。営業用ではなく、純粋に嬉しいといった感情を含む笑み。話せる相手が見つかって嬉しいのだ。
 女性というのはどうしてこうもお喋りや噂話が好きなのだろう。商売中でも構わないのか。
 咲夜は少し呆れつつも、ただ互いに笑みを向け続ける状況よりは気が楽になるだろうと考え、妻の会話に乗ることにした。
 それに人里の情報は仕入れておいて損はない。屋敷から出ることが多いのは、この自分くらいだ。例え主にとって興味が無いことでも、知っておけば何か役立つかもしれない。

「それでその噂というのは?」
「それがですね。ここ最近“出る”んですよ」

 出る、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは幽霊亡霊の類だが、そんなもの幻想郷にはうようよしている。
 亡霊も咲夜の知る中には、実害をもたらしそうな奴はいない。
 それに人間達も幽霊くらい、大して珍しいものじゃないことくらいわかっているだろう。

「出るって、何が出るんですの? 妖怪だろうと幽霊だろうと、出て当たり前の場所なのに」
「私も話に聞いただけなんですけどね、山のように大きな巨人が出るそうなんですよ」
「巨人……」

 瞬間、咲夜の脳裏に浮かんだのはいつぞやの子鬼だった。
 体を霧のように細分化したり、かと思えば巨大化したりと見たことのない能力を使う奴だった。
 最近は何をしているのか知らないが、その正体で心当たりがあるのはそいつくらいだ。

「そうしょっちゅう現れるわけじゃないようなんですが」
「大きいだけで実害はないのでしょう? だったら特に気にすることはありませんわ」
「だといいんですけどねぇ」

 どうせ大した心配もしていないくせに、と咲夜がそろそろ話を切り上げようとしたとき、良いタイミングで丁稚が荷を包んで戻ってきた。
 話を切り上げるタイミングとしては丁度良い。また来ますね、と言い残して咲夜はそそくさと店を後にした。その後ろでは店主の妻がまだ話し足りないのだろう、未練がましい視線で見送っていた。


  ☆


 完全で瀟洒な咲夜は空だって飛べる。背中と両手に大量の品物の入った買い物袋を提げ、紅魔館への家路を急ぐ。右からは雲間を抜けて夕陽の橙が眩しく横顔を照らし、左には薄闇がかった空に一番星が出ている。
 館に着けば、夜行性の主も起き出してくることだろう。それまでに目覚めのお茶と食事の準備をしておく必要がある。帰った後もやること尽くしで暇はなさそうだ。

(でもそんな忙しい時間の方が楽しいんだけど)

 妙なところに生を感じる咲夜の視界が、突如暗雲に阻まれるかのように黒く遮られた。
 何事かと警戒の意識を集中させ、周囲を見渡してはその正体を見極めようと鋭い視線を巡らせる。
 しかしどこにもそれらしい気配は感じられない。そのことに違和感を感じるのとほぼ同時に、咲夜の脳裏にあの会話が蘇る。

『ここ最近“出る”んですよ』
『山のように大きな巨人が出るんですって』
『おらぁ、見ただよ。あれは巨人だぁ。間違いねぇだ』

 その噂は確かに人間の里中に広まっていた。
 ただそのどれにも信憑性はなく、中には実際に見たという者もいたが、それが本当に巨人だったのかと聞くとよく分からないと言うだけだった。
 だから半分冗談で聞いていたのだが――

「まさか、これがそうだと言うの」

 視界を妨げたのは誰かの術ではない。目の前に聳える巨大な壁――いや、壁だと思いこんでいたものによって、直接的に邪魔をされていたのだ。
 見ると確かにその巨躯には腕や足のような四肢が生えており、てっぺんには黄昏の陽射しを受けながらこちらを見下ろす顔のようなものがある。
 なるほど一見しただけで、これを巨人だと思うのは当然のことだろう。
 しかしすぐに咲夜はその正体に不信感を抱く。

(こいつ……生気が感じられないわね。でも幽霊とか亡霊の類でもなさそうだし。これじゃあまるで……)

 咲夜はそのことを確かめるべく、ガーターベルトに常備している鈍色を放つ刃に手を掛け――ようとしたが、すぐに両手がふさがっていることに気がつく。
 ただここで慌てないのが、彼女が紅魔館のメイド長たる所以。
 慌てず騒がず両手の荷物を天高く放り投げ、フリーになった両手には数本のナイフがすでに準備されていた。
 頭上に放り投げた荷の時は止めてある。うっかり落として中の荷物がぁっ、なんて失態を見せては紅魔館の名折れである。
 勿論、相手がわけの分からない巨人であっても敗北しては同じこと。
 咲夜は相手の出方を窺いながら攻撃のチャンスを待つ。
 しかしどうにも相手は動きがないのか、微動だにせずただ時間だけが空しく過ぎていく。
 このままでは埒があかないし、本来ならばさっさと屋敷に戻ってお嬢様の目覚めのお相手をしなくてはらないのだ。
 本当なら相手の出方を見ておきたかったが、これ以上は時間の無駄と判断した咲夜は、体勢を一気に攻撃モードに切り替える。
 相手の得体が知れない以上、下手に手加減をしては逆に命取りになる。様子見の攻撃であっても全力で撃つべし。

「てあああああああっ!!!」

 橙混じる空に響く凛とした怒号。威圧的であるはずなのに、どこか麗しさすら混じって聞こえるのは気の所為ではないだろう。
 放たれたのは声だけではない。その両手からは無数のナイフが、一斉に巨人の一点を目掛けて飛ぶ。
 一本では届かない攻撃でも、同ヶ所を一気に攻撃すれば効果が期待できるだろうという考えの元、次々と放たれては刺さっていくナイフの雨。
 そのドスドスという刺さりの良い音と、同時に感じられるめりめりという感触からして、どうやら先程の考えは当たりだと咲夜は確信する。

 その予想はこの巨人は木造であるということ。

 先程感じた生気の無さは、この巨躯全てが無機物である故の話。
 同時にこれが作り物であることが分かれば、これを作った者がどこかにいるということもわかる。
 しかしその正体は咲夜が考えずとも、程なくして向こうから姿を現した。

『あぁら? 一体どこの蚊蜻蛉かと思ったら、紅魔館のメイドじゃない』

 突如として頭上から降ってくる、鼻につく声というものを体現したかのような言葉に、思わず反応する咲夜。
 上の方にあった顔のような部分が、こちらを見下ろすような形に動いている。
 やはりあれは顔の役割を果たしているものと考えて間違いないらしい。
 それより咲夜が気に障ったのは、言われた言葉とその声の主だ。

「成る程ね。こんな妙なことを考えるのは、幻想郷広しと言えどもあなた達くらいだわ」
『小さい身体でよくもまぁそんな高圧的な態度が取れるもんね』
「小さいって、そこから出てきたらあなたも大概小さいくせに。ねぇ、蓬莱山輝夜?」
『あははっ、何を言われても全然大したことないんだけど』

 見事正体を見破って見せた咲夜に、声の主であり巨人の正体である輝夜は、面白そうに嘲笑を浮かべる。
 確かにその巨人の中にいる限り、咲夜からの攻撃は届かない。
 それ故の余裕なのだろうが、そんな差で咲夜が根負けするはずがなかった。

「猿山の大将とはよく言ったものね。もしくは虎の威を借る狐と言ったところかしら」
『その余裕、流石は紅魔館のメイド長とだけは言っておいてあげるわ。でもね、そんなこけおどしにもならない遠吠えは全然私に響いてこないのだけど?』
「だったらその頭に風穴を開けて、声が聞こえやすいようにしてさしあげますわ!」

 咲夜はさらに高く飛び上がると巨人の顔部分にまで近づき、そこに向かってありったけのナイフを集中砲火のように浴びせかけた。
 この距離ならそもそも外さないが、それ以前にこの巨躯にそんな俊敏な動きができるはずがない。
 中の輝夜さえ引き摺り出してしまえば相手が大きかろうが無生物だろうが関係ない。
 そう予測していた咲夜だったが、すぐにそれが誤算であることを思い知らされる羽目になる。

『ふん、そんなちゃっちぃ攻撃がこの“永遠178号”に通用するわけ無いじゃない』
「なんですって?」

 咲夜の完璧な理論を嘲笑うかのように、永遠178号はその腕を振り上げ、狙い飛ばされたナイフをたったの一振りで払い落とす。
 木造の角張った形状からは予想も出来ないほどの滑らかで素早い動きに、流石の咲夜も目を見張る。
 どうやら見た目通りに行動を予想するわけにはいかないようだ。

(でもどれだけ素早く動けようと、如何なるスピードも私の前では無に等しいっ)

 咲夜は三度その手にナイフを構える。
 その姿に「性懲りもなく」と輝夜の嘲笑が浴びせられるが、咲夜の精神集中が崩れることはない。
 精神が波風を微塵も立てなくなった瞬間、咲夜の手からナイフが飛んだ。
 だがそれは一方から放たれるだけのものではない。
 いつの間に放ったのかと目を疑いたくなるほどの大量のナイフが、四方八方上下左右東西南北から永遠178号を狙い囲んでいるではないか。
 これぞ時を操る程度の能力を持った、紅魔館メイド長十六夜咲夜の本領発揮である。

「さぁ、どこを払い落としても、残った方角からの攻撃が確実にその大きな的を仕留めるわよ」

 先程は予測できなかった動きの早さにしてやられたが、ならば二度目はそれも範疇に入れて行動すればいい。
 二度同じ鉄は践まないことも、完全瀟洒とうたわれる所以である。
 だがその範疇にも入らないものを、相手が隠し持っていたら?

『ふふふっ、それで勝ったつもりかしら。これだから短命な人間は愚かだというのよ』
「その余裕……まさかまだ何か隠しているとでも」
『隠している訳じゃない。あなた程度に見せる必要が無かっただけよ。永遠178号はただのからくり人形じゃないということを、とくと知らしめてやるわ!』

 輝夜が勝利発言をするやいなや、なんと天高く飛び上がる永遠178号。
 まさかの行動に、咲夜も最早唖然とするしかない。
 一点を狙っていた全方位攻撃も、的がその場から一気に離れてしまっては当たりはしない。
 カキンカキンとナイフ同士がぶつかって空しく響き渡る金属音は、咲夜の敗北を知らせるゴングだった。

『あーっはっはっは! どうやらそれで打ち止めのようね』

 ずず……ん、という地響きと共に地上に降り立つ永遠178号。その瞬間、文字通り幻想郷に激震が走る。
 それで人里には大小様々な被害が出ていたのだが、咲夜にはそれ以上に重大な出来事が起こっていた。
 永遠178号が飛び上がってからまた降りてきたとき、咲夜は戦いに集中する余りすっかり忘れていたのだ、その存在を。
 空中に止めたままで放置していた買い物袋。

 それが目の前で永遠178号に踏みつぶされた。

 今から足を退けてもらって救出しても、もはや時既に遅し。
 茶葉も他の食材ももはや使い物にならず、高価な木乃伊も粉々に粉砕されている。
 いくら咲夜が時を操る能力を持つとはいえ、一度過ぎ去ってしまった時間を戻すまでの力はない。
 攻撃もまともに通用せず、しかも元々の仕事まで完遂できなかった。
 子どもが買い物に失敗した程度の話で済めば良いが、紅魔館のメイド長としての矜恃を持つ咲夜がその程度で自身を許すはずがない。

『あらあら、悔しさのあまり悔し涙でも堪えているのかしら』

 そんな咲夜に完全に勝利を確信した輝夜が追い打ちを掛ける。
 咲夜は輝夜の嘲笑を背に受けながら、敗北の事実を認め家路に着くしかできなかった。


  ☆


 咲夜との勝負を――様々な意味で――圧倒的な勝利で終えた輝夜は、永遠178号の中で高らかな勝利の笑い声をあげていた。
 そこへ彼女の従者である元教育係の八意永琳と、その弟子である鈴仙・優曇華院・イナバがやってきた。
 勝利の余韻に浸り笑い続ける輝夜の姿に、鈴仙は些かの不安を感じて、こっそりと師匠の耳元にささやきかける。

「お師匠様? これで本当に良かったんでしょうか」
「あら、貴女は輝夜のあんな楽しそうな表情を見た上で、そんなことを言うの?」
「いえ、そういう訳じゃないんですが。あのメイド相手にあそこまでしたら、その……報復が後で来るんじゃないかなぁと」

 鈴仙の不安に満ちた表情と言葉に永琳は思わず苦笑を漏らす。
 そんな些細なことなど放っておけばいいと。

「たとえ紅魔館の連中が束になって掛かってきたとて、私の叡智の結晶たるこの『永遠178号』が負けるはずはないわ。それにあのメイド相手に、力の10パーセントも使っていないのは、ウドンゲ、貴女もよく分かっていることでしょ」
「それはそうなんですが……万が一、万が一ですよ? この永遠178号が壊されるなんて事になったら、私達家無しになっちゃうじゃないですか」

 鈴仙が心配している最大の理由は、この永遠178号の正体にあった。
 こんな巨大な物を作る材料が一体どこにあったのか。
 そもそもこんな物を作った理由は何なのか。

 それらすべての答えは、数日前の永遠亭でのある出来事にあった。




 〜数日前〜


「輝夜、いつまで寝ているつもり? もうお昼なのよ」

 勢いよくふすまが開き、顔を覗かせた永琳はたいそうご立腹の様子だ。
 その責める口調に輝夜は鬱陶しげに寝返りを打ち、そんな態度に永琳の怒りはさらに上昇する。
 いつもの永琳なら、苦笑一つで済ませそうなシチュエーションだが、それも2週間続けて、しかも日毎酷くなる一方であれば、流石に怒りたくもなるというものだ。
 最初は朝餉に遅れてくる程度だったのが、5分延び、10分延び、しまいには昼餉が終わっても起きてこないという体たらく。
 これではいくら死なない蓬莱人といえども健康によろしくない。

「最近自堕落さが酷くなっているようだけど、外出はしないの?」
「面倒なんだもの〜……寝ている方が楽……ぐー」

 寝起き半分の輝夜は寝返りながら答え、そのまま再び夢の世界へ旅立ってしまう。
 こうなったら布団を引っ張って転がり落とすか、もうそのまま寝させておくしかない。
 もうその任はないとしても、こんな落ちぶれた姿を目の当たりにさせられては、かつての教育者としてのプライドが永琳を許さなかった。

「起きなさぁいっ!!」
「ひゃああぅっ」

 情けない声を出しながら、情けない寝間着姿をさらけ出す元月の姫。
 打った頭をさすり見上げる彼女の視線の先には、仁王立ちになってこめかみを震わせている従者の姿だった。

「お、おはよう。永り、ん?」
「今はもう正午を過ぎてるわよ。まったく、放っておいたらいつまでだって寝てるんだから」
「いやだって、ね? 最近里の本屋で噂になってる小説のシリーズが面白くて。つい徹夜で読んじゃって」
「どうせ昼間もすることがないなら昼に読めばいいのに」

 誤魔化し笑いを続ける輝夜に、永琳は溜息を吐きながら「このままではダメだ、早くこの方を何とかしないと」と考えていた。
 しかしこの引きこもりがちな姫をどうやって健康的な生活スタイルに戻せばいいのやら。

 とりあえず着替えるという輝夜を部屋に残し、永琳は部屋を出る。
 そこへ様子を見に鈴仙がやって来て、その永琳の辟易とした顔を見て事の結果を察したらしく、同情の瞳を向ける。
 鈴仙とて無関係なわけではない。
 朝餉も昼餉も、働かない他の兎達に代わって作っているのは他ならぬ鈴仙だ。
 この屋敷の主は輝夜であり、食事も輝夜の好みに合わせて作るのが永遠亭の食卓事情となっている。
 それなのに当の輝夜が食べず毎度毎度無駄になっては、作る側としてはやるせない。

「はぁ、どうしたら輝夜を健康的にできるのかしら」
「せめて屋敷から出ようと思ってくれれば良いんですけど……」
「それは輝夜の難題のどれよりも難しいことだわ。私の言うことは大抵聞いてくれる良い子なんだけど、自分の好きなことややりたいことに関しては頑固なのよね」
「外には興味が無いのでしょうか。それとも体を動かすことに面白みを感じないとか」
「今のところは、という所じゃないかしら。何か切っ掛けさえあれば、変わるかもしれないけど」

 その切っ掛けとなることの見当が付かないから、こうして頭を悩ませる羽目となっているわけで。
 永琳は廊下を歩きながら、この由々しき事態をどうにか良い方向へ修正することはできないものかと思案を巡らせる。
 その隣では考え込む永琳に心配そうな視線を向ける鈴仙の姿があった。
 あの永琳でさえ簡単に答えを出すことの出来ないこの状況を、弟子である自分がどうにかできるとは思わない。
 だがそうだとしても何もしないでいることもできないのが鈴仙の性格だ。
 なんとか永琳の知恵の力になろうと、鈴仙も頭を絞って考える。
 その時ふとあるひらめきが彼女の脳裏をよぎった。

「屋敷の外に出なくても、外に出られれば――って、そんなの無理に決まってるじゃない」

 思わず口走ってしまったが、よくよく考えればそれは矛盾した馬鹿馬鹿しい考えであると気づき、鈴仙は頭を振る。
 だがそれを聞いた永琳の思考回路は、刹那の内にフル回転して、一つの解答を導き出した。

「そうか……逆転の発想。それは盲点だったわ」
「あの、お師匠様?」
「屋敷から出ないなら、屋敷ごと動かしてしまえばいいのよ」
「え、えっと、それは……」

 それでは結局輝夜は屋敷からは出ることにはならず、本末転倒になってしまうのではないかと、鈴仙はつっこみたかった。
 しかしそれは永琳の、答えに辿り着いたという晴れ晴れとした表情を見るとどうしても憚られてしまう。
 この時お仕置きを覚悟してでも、苦言しておくべきだったと鈴仙が思うのは、もう少し先の話である。




 そして、現在。

 鈴仙の独り言を元に永琳が発案し、てゐも面白そうだと計画に便乗して兎達にも手伝わせ永遠亭の総力を結して完成したのが、この『永遠178号』。
 その正体は永遠亭そのものというなんとも無謀、もとい最大スケールの作戦である。
 仮に無謀だとしても、それを完成させてしまう辺りが良くも悪くも流石は月の頭脳、八意永琳の采配と言ったところか。

 この作戦は見事成功し、これを考えるに至った元々の原因である輝夜も、この『永遠178号』をいたく気に入ったらしく、今回のように屋敷の中にいながらにして幻想郷を練り歩くようになった。
 これが当初の目的である“健康的な生活スタイル”と結びつくかどうかは甚だ疑問であり、それは永遠亭の中にいる鈴仙もずっと感じていることだが、どうやら永琳はこの『永遠178号』を作ることの方に重視してしまっているらしく、一言で言えば目的と手段が入れ替わってしまったという、そんな結果になってしまったのだ。
 それに完成してしまったものは仕方がない。
 輝夜はたいそう気に入って今までになく笑顔を見せているし、これはこれで有りなのかもしれないとすら、鈴仙にも錯覚させる。

「でも……やっぱりあれはやり過ぎよね。しかもあの紅魔館のメイド長相手にあんなことやっちゃって」

 聞く耳持たずの師匠と飼い主の横で、一人浮かない表情を浮かべながら懸念を露わにする鈴仙。
 それは彼女が常日頃からお仕置きの恐怖を敏感に感じ取っているからこそ感じる不安なのか、それともただの心配しすぎの杞憂なのか。
 後者で済めばちょっと心労がたたる程度で済むから良い。
 だがもしこの不安が現実の物となったら?

「……どうかできるだけ大変な目には遭いませんように」

 今の鈴仙に出来ることは、ただそうやって祈ることだけ。
 窓の外では一番星が、その願いを聞き届けるかのように瞬いていた。


  ☆


「ふぅん。それでおめおめと逃げ帰ってきた訳か」

 敗北者として戻ってきた咲夜に浴びせられるのは容赦ない言葉。
 ぼろぼろに裂けた買い物袋からはみ出した、珍品の成れの果てを前にしては弁明などできるはずがない。
 いや咲夜のプライドからして、言い訳をするということはそれ以上に惨めでありやってはいけないことなのだろう。
 だがそれで目の前で傲慢に振る舞う主が許してくれるはずもない。

「まったく。紅魔館のメイド長ともあろう者が、まさか宇宙人如きに言いようにあしらわれるとは。しかも買い物さえ満足にできないとはね」
「申し訳ありません。すべて私の責任です」
「責任、ねぇ。じゃあお前はその責任をどうやって取るつもりかしら」

 死んで詫びるなどという前時代的な解答を求めていないことは百も承知。
 そもそも責任という言葉を嫌っているからこそ、彼女はそう尋ねたのだ。
 こういう時の返答は、相手の真意を理解していれば自ずと見えてくるもの。
 それは則ち、無言。

「まぁいいわ。今の話を聞く限り、どうやら中々に面白い相手らしいじゃない」

 特徴的な程に伸びた八重歯を覗かせながら、レミリア・スカーレットは不敵な笑みを浮かべる。
 その姿は幼くとも、漂うカリスマは夜の王たる威厳を醸している。

「咲夜、今回の件でお前をどうこうしようという気はないわ」
「ありがとうございます。お嬢様」
「だけど奴等に借りを作りっぱなしと言うのも、どうにも虫の居所が悪くて適わない。そもそもそんな人目に付きやすいものを作り上げるなんて、この夜の王である私を差し置いて、不届きにも程があるわ」
「――と、申しますと?」

 咲夜の淡々とした問いかけに、レミリアは手に持っていたティーカップを些か乱暴気味にソーサーに戻す。
 だがそれは咲夜に怒っているからではない。

「良い? 古来より権威の象徴とされるものは全て巨大なものと相場が決まっている。ピラミッド然り、パルテノン然り、何より城の存在を考えれば簡単だわ」
「そうですね」
「なら幻想郷で最も大きな屋敷であるこの紅魔館こそ、幻想郷で最も権威の象徴であるはずなのよ! それなのにっ!」

 バンッ、と勢いよくテーブルが叩かれ、紅茶が飛び散る。
 だがそれがクロスを汚すことはない。飛び散る寸前に咲夜が片付けたからだ。
 咲夜はそんな様子を微塵も見せず、ただレミリアの言葉を静かに聞いている。

「永遠亭の連中……よくもやってくれたわね。いつか何かしでかすかもとは思っていたが、よもやこんな形で挑戦してくるとは……」

 怒りに拳を震わせるレミリア。
 だがその口元に再び笑みが浮かぶ。

「咲夜、すぐにパチェを呼んできて」
「わかりました。失礼します」

 言うが早いか、その場から瞬時に姿を消す咲夜。
 ものの十分と掛からぬうちに、紅魔館の知識人であり、レミリアの友人であるパチュリー・ノーレッジがこの部屋の扉をノックしてくるだろう。
 その前にせっかく咲夜が淹れてくれた紅茶が冷めてしまってはなんだ。
 レミリアは悠然と椅子に座り、少し溢れてしまった紅茶に手を伸ばす。
 少しだけ血の風味が漂う紅魔製の特別なブレンドの芳華を楽しみながら、レミリアはその血のような紅を口に含んだ。

「あっつ」

 思わずティーカップから口を離し、可愛らしい舌を口外の風で冷やすレミリア。
 その仕草には先程のようにカリスマは感じられない。
 むしろこの方が見た目相応に見えるが、こんな所を見られるわけにはいかない。
 たとえそれが友人であるパチュリーだったとしても……

「わざわざ自室に呼び出すなんて、一体どんな急用?」
「ぱ、パチェ……」

 思わずティーカップを持つ手が凍る。
 部屋の入り口に立つ目つきの悪い友人は、何も見ていない風を装ってはいるが、確実に見ていたに違いない。
 どうやら“すぐに”と言ったところ、優秀な従者は本当にすぐに連れてきたらしい。
 咲夜の有能ぶりにレミリアは思わず歯噛みするが、まさかそんな表情まで見せるわけにはいかない。
 ちなみに咲夜は気を利かせているのか、この場にはいない。

「よ、よく来てくれたわね。とりあえず座って」
「えぇ、そうさせてもらうわ」

 ここで何も言わないのは友人としてのせめてものフォローなのか。
 何にしても、こんなことでどもっている場合ではないのも確かだ。
 レミリアは表情を繕いながら、ひとまず咲夜から聞いた永遠亭の巨人の話を聞かせた。

「――ということなんだけど」
「成る程。私が呼ばれた理由にもある程度察しが付いたわ。でもそれだけじゃダメなのでしょう?」
「流石はパチェね。そう、奴等と同じじゃあダメ。奴等以上にカリスマを感じさせるものでなければ、もし勝ったとしても二番煎じとしてしか見られないのは明々白々だわ」
「確かに」

 パチュリーは目の前に置かれたお茶請けのクッキーをつまみながら相槌を打つ。
 反応は薄いが、しかし彼女も確実に怒っていた。
 何せようやく手にはいるはずだった木乃伊をダメにされてしまったのだ。
 これで長年できなかった実験ができると、心待ちにしながら実験器具の準備をしていたというのに。

「なら良い資料があるわ。後で私の書斎まで来て」
「わかったわ、やっぱりパチェは頼りになるわね」
「……褒めても何も出ないわよ」
「あら、可愛い照れ顔くらいは出せるみたいだけど」

 そう言って顔を俯けるパチュリーに、レミリアは茶化すように笑う。
 だがそれを聞いたパチュリーは、にやりと笑うと一言だけ言い返した。

「可愛いだけなら、さっきのレミィも充分魅力的だったわよ」
「んなっ」
「それじゃあまた後で。そうそう、来るときは咲夜と美鈴も一緒の方が良いわね。どうせ後で呼ぶことになるけど、それなら最初から呼んでおいた方が話が早いから」

 してやったりなパチュリーに対し、まさかの反撃を喰らったレミリアは、呆然と友の姿がドアの向こうに消えるのを見送った後で、ようやく我に返った。
 パチュリーという魔女は頼りになるし信頼も置けるが、その分敵に回られるとこれ以上なく厄介な相手になることを再確認する。
 ただ余程の事がない限り、彼女は裏切ったりはしないという確信も、レミリアの中には同時に浮かんでいた。


  ☆


 それから数日後の夜。
 轟々とした起動音と共に立ち上がる巨躯を月光が照らし出す。
 竹藪に大きな影を落とす『永遠178号』の、人里での評判はここ数日でさらに広がっていた。
 輝夜が特に気にも留めずに、姿を露わにしすぎたからだ。
 それにこれだけの巨躯が動き回れば、それだけの音が響き、足跡などの痕跡も多く残る。
 そこに人々の噂好きが相まって、有ること無いことが飛び交いながらも、その存在を知らぬ者はいないという所まで広まっていた。

「さぁて、今日は妖怪の山の方面にでも行ってみようかしら」
「活き活きしてるわね、輝夜。そんなにこの永遠178号が気に入った?」
「勿論。こんな素晴らしい物を考えるなんて、流石は永琳ね」
「お褒めにあずかり光栄ね」

 今や人間の里は『永遠178号』の噂で持ちきりだ。
 いずれこれが永遠亭のことだと知れ渡るのも時間の問題だろう。
 そうなれば人々の間に永遠亭の力が知れ渡ることにつながり、幻想郷での立場もぐんと上がるはずだ。
 今まで隠れて暮らしてきた永遠亭は、その存在する歴史が長くても認知され始めたのはごく最近の話。
 そう、永遠亭にとってこれは所謂チャンスなのである。

「それで薬が売れるようになったら万々歳だしね」
「てゐまでそんなこと言って。そもそもの目的は果たせてないって、どうして気付かないの」
「だったら自分で言えばいいじゃん。ほらほら、永琳様あんなに上機嫌だよ? 今だったらヒザカックンくらいやったって怒られないって」
「そんなに私に酷い目にあって欲しいのかしら?」
「まっさかぁ。酷い目だなんて。面白いことになりそうとは思ってるけど」
「どっちも一緒よっ」
「こら、さっきから何を後ろでぎゃーすかと。あんまり煩いようだと後でお仕置きよ」

 まさかそのお仕置きが二人の騒ぎの元だとは思いもしない永琳は、主の部屋だというのに騒ぎ立てる二羽の兎を嗜める。
 てゐは何てことはないように「は〜い」と可愛らしく返事をするが、一方の鈴仙はそう強く言われたわけでもないのに、耳をへにょりとさせて怯えながら返事をする。

「さてと、それじゃあそろそろ出発するわよ」
「どうぞ。後ろの喧しい二人は大人しくなったし」

 なったのではなく、させたの間違いだろう――というツッコミはどちらもバカではないので口にはしない。
 鈴仙とてゐは、楽しそうに会話する輝夜と永琳を後ろから見つめながら、永遠178号の発進を待っていた。
 その時鈴仙のへにょっていた耳がピンと立ち上がる。
 別に驚いたわけでも興奮したわけでもなく、彼女の耳はアンテナのような役割をもっており、近づくものの波を察知することが出来るのだ。
 ここにいるのも、何を隠そうそのレーダー能力があるからこそ。

「お師匠様っ、輝夜様っ」

 鈴仙の緊迫した声に、何やら放ってはおけないものが近づいてきていることを理解する永琳。
 その顔の笑みはいったん消え、真剣な表情へと変わる。

「どうしたの。この前のメイド長みたいな反応でも近づいてきてる?」
「え、えっと。そうなんですけど……違うんです」
「もっとわかりやすく言いなさい。それでも貴女元軍兎なの?」
「強い波を持つものが近づいてきているのは確かなんですが、それが……その」

 なかなか結論を言おうとしない鈴仙だが、永琳は強い口調で問い詰めはしない。
 鈴仙が月の軍にいたのなら尚のこと、言えないような相手がこっちに向かっていると判断できる。
 だがここで悠長に鈴仙の言葉を待っていられるほど呑気な状態でもなさそうだと判断した永琳は、輝夜のいるメインコクピットへと足を向けた。
 もし目視できる位置にまで相手が近づいていれば、そっちで確認した方が早いと考えたのだ。

「輝夜、ちょっと私にも前方の様子を見せてちょうだい」
「どうしたの? また紅魔館のメイドでもやって来た? それとも今度は白黒の魔法使いかしら」
「それなら良いんだけどね。……どうやらそうじゃないようよ」

 まずわかったのは、人型ではないということ。
 単純に見れば三角形の何か。
 だがそれが何なのかを確認するより早く、その何かはあっという間にこちらとの距離を詰めてきた。
 月明かりに照らされ一部が白く光る暗雲を切り裂いて飛ぶその姿はまるで高速で放たれた刃物のようだ。

「あれは……一体」
「お師匠様っ」

 相手の正体を見極めようとする永琳の所へ節操ない様子で鈴仙がやって来る。
 先程の話の続きをしようとしているのだろうが、それはもう確認済みだ。

「わかってるわ。こっちでも今確認したから」
「いえ、そうじゃないんです」

 心なしか永琳には、鈴仙の顔が青ざめているように見えた。
 確かにあんなものが現れるとは永琳も少しに驚いたたが、そこまで心配するほどのものでもない。
 あの程度ならこの永遠178号の力を使えば幾らでも対処することは出来るのだ。
 何も心配する必要はないわ。
 永琳がいつもの調子で言おうとしたその時だった。

「近づいてきている巨大な反応は全部で五つあるんですっ」

 鈴仙が言うや、永琳は再び前方へと意識を戻し、目を懲らして闇の向こうに集中する。
 すると先程のような速さではないが、彼方から光点が四つ近づいてくるのが確認できた。 一体五つも何が近づいてきているのか。

『おい! 宇宙人共!』

 困惑が駆けめぐる中、前方の四つの点の一つが尊大な態度で声を発してきた。
 その声には一同聞き覚えがあり、同時に最も聞きたくない声だった。

「その声は……レミリア・スカーレット!」
『ふん、別にお前達に名前を覚えてもらう必要はなかったんだがな』

 突然現れた紅魔館のトップに、永遠亭のトップである輝夜が噛みついた。
 だが相手の余裕然とした態度に揺らぎは感じられない。

「一体何の用なの。というか、その戦闘機は何の真似かしら」
『真似?』
「そうよ。おおかた私達の活躍を妬んでのことなんでしょうけど。真似事は真似事に過ぎないのよ!」

 負けず嫌いのレミリアのことだ。
 咲夜の件がその耳に入れば、何かしら手を打ってくるであろうことは予想済み。勿論永琳が。
 その中でもこの『永遠178号』と対等に相手の出来るものを作ってくることは、最も可能性の高いこととして考えてある。勿論永琳が。
 しかし予想していたこっちと同じ巨人型ではなく、向こうは二機の飛行機とタンク、小型の車両が二台という組み合わせ。
 それでも先行して飛んできた飛行機のスピードを考えると、ただの乗り物ではないことは明白だ。

『真似事……ねぇ』
「何よ、その余裕は」

 レミリアの不気味なまでの余裕が、輝夜に一抹の不安を感じさせる。
 一体何が彼女をそうさせているのだろうか。
 いや、そんなことを考えている場合ではない。
 相手に敵意があることが分かっている以上、無駄に時間を与えて準備を整われても困る。

「そうなる前に叩くわよ! 永琳っ」
「了解。各員に告げる! これより永遠178号は戦闘モードに入るわ、第一種戦闘配備!」
「……って、戦闘モードって何ですか!? 輝夜様の散歩用に作ったんじゃないんですか、これっ」
「ごちゃごちゃ言ってると後で本当にお仕置きよ。貴女もさっさと持ち位置に着きなさい」

 永琳に脅されるがまま、鈴仙は近くの椅子に座らされる。
 永遠178号は永琳が考案、設計を務めたもの。
 何かしら有事のために手が加えてあってもおかしくはないが、ここまで露骨だと最初からどういう目的で作っていたのかわからなくなる。

「先手必勝! ムーンライトパーンチッ!」

 気合いのかけ声と共に、輝夜が手元のレバーを前に倒すと、永遠178号の右腕がもの凄い速さで前へと押し出される。
 その一直線にレミリアの駆る蝙蝠の羽を模した戦闘機を殴り落とそうとする拳を、レミリアは避けようとはせず、むしろ自ら当たりにくるくらいの速度で突っこんでくるではないか。
 そんな無鉄砲にも見える行動に対し、もしかして何か策があるのかと考えるのは当然のこと。
 実質作戦指揮担当の永琳は、すぐに相手の思惑を理解し次の行動に移るべく、その天才的な頭脳を巡らせる。
 刹那、彼女の脳裏にレミリアよりも早く、こちらに向かって突っこんできた、もう一機の戦闘機の存在がよぎる。

「っ!?  そういうこと、ね。ウドンゲ、背後からの気配に集中しなさい」
「ふぇっ、は、はいっ」
「こういうときは了解でしょう。今は戦闘配備中なのよ!」

 なんだかもう気にしている自分が馬鹿らしくなってくる。
 鈴仙はただあるがままに状況を受け入れた方が楽だということに、今更気付き何の躊躇いもなくその場のノリに合わせて「了解」と返した。
 というより、今この状況下で他のことに気を取られていると、永琳からは怒られるわ、敵の攻撃は受けてしまうわ、そうなるとまた永琳に怒られるわで、最悪の未来しか待ち受けていない。
 それを回避するには、多少のことには目を瞑ってただ現状を享受し反応すればいいだけの話なのだ。

「お師匠様っ、背後から猛スピードで向かってくる波がっ」
「ふふ、やっぱりね。輝夜、レミリアへ攻撃すると見せかけて、そのまま反転よ」
「もうやってるわっ」

 二人のやり取りを側で聞いていた輝夜は、すでに次の手を打っていた。
 レミリアの戦闘機に向かって放たれた一撃は、上半身を半回転させ遠心力による力が加わえられ、背後の隙を突こうとしていたもう一機に向けられる。
 鈴仙のレーダー能力と永琳の頭脳があってこその反応に、相手もまさか裏を突かれるとは思いもしないはずだ。


『そう、それに乗っているのがただのぼんくらだったならな』
「何っ!?」

 確実に直撃できる距離とスピードだった。それは誰が見ても明らかなほど。
 なのに、ムーンライトパンチは唸りながら空を切っただけで、なんの手応えもなく空振りに終わる。
 避けられたのか、いやそんなはずはない。
 今の今まで戦闘機はすぐそこまで迫っていたのだ。
 それが一瞬のうちに忽然と姿を消してしまったのである。

『あなた達が捜しているのは私の事かしら』

 その声はレミリアのいる背後から聞こえてきた。
 輝夜はすぐに永遠178号の上半身を戻し、防御態勢に入ろうとするが、戻した瞬間にかなりの衝撃が輝夜達を襲った。
 どうやら相手からの攻撃を喰らってしまったらしい。

「永琳、被害状況はっ」
「大丈夫。喰らったのは腕の一部よ。それに大した威力じゃない」
「い、一体何が……」
『どうやら私達のことを見くびっていたらしいな』

 理解できない状況が続き、混乱する永遠亭のメンバーに対し、レミリアの挑発的な声が響き渡る。
 真紅のボディーを輝かせながら浮かぶレミリアの機体、その隣には紅と銀を基調にしたシャープなフォルムの戦闘機が沿い並ぶようにして浮かんでいる。
 それは見紛うことなく、先程まで背後を飛んでいたあの戦闘機だった。

「いつの間にあんな所にっ」
『まずはうちのメイドが先日の礼をしたいということでね。どうしてもと言うから、汚名返上の機会を設けてやったのさ』
『ご配慮ありがとうございます、お嬢様。おかげで借りを返すことができましたわ』
「その声……そう、それに乗ってるのはメイド長ね」

 苦々しげに呟く輝夜に、銀の戦闘機からは咲夜の並々ならぬ憤怒を湛えた言葉が飛ぶ。
 口調こそ穏やかだが、そこには先日の苦汁をなめさせられた時の私憤がこれでもかというくらいに染み出ている。

『ご名答。この間は不覚を取りましたけど、今日はその不覚、きちんと倍にして返してさし上げますわ!』
『――と、いうことだ。さて、それじゃあそろそろ私も楽しませてもらうとするよ』

 まずは咲夜に先日の借りを返させるのが目的だったレミリアは、その目的も済んだと自分も攻撃を始めることを宣言する。
 ここからが永遠亭対紅魔館の因縁の対決の本番。
 だがその前に、レミリアに向かって地上から掛けられる言葉があった。

『レミィ、私達はどうすれば良いのかしら。総攻撃?』
『そうですよ。私だって門番の仕事よりもこっちを優先させろって言われて来たんですから、何もしないで待てというわけには』
『パチュリー様、無茶はしないでくださいよ。これを作るのにどれだけの血を吐いたと思ってるんですか』

 それはレミリア達を追ってきた残る三つの反応。
 紅と紫のカラーリングの、小型砲台を積んだ小型戦車。
 その後方を走る、紅と黒を基調とした同系統の車両が一つ。
 さらにその背後を走る、その二台より二回りほど大きな紅と碧の陸上戦艦から、それぞれパチュリー、小悪魔、美鈴の声が飛んだ。

「まさか……あいつ等、戦力を総動員してきたというの」
「どうやらそのまさかの様ね」

 これで鈴仙が感じ取った五つの反応の、全てが現れたことになる。
 スピードの速い戦闘機が二機。機動性と攻撃のバランスに長けた小型戦闘車両が二台。そしていざというときの防御の要であろう陸上戦艦は、その重装備から見て火力もなかなかの物を備えていそうだ。
 うまく連携を取られたらかなり厄介な相手になる。
 しかもそれぞれ操っているのは、紅魔館の実力者達だ。常日頃から生活を共にしている彼女たちなら、連携の点についても問題はないに違いない。

「お、お師匠様ぁ」
「情けない声を出さないの! 厄介な相手とはいえ、個々の攻撃力は大したことはないはずよ」

 そうは言っても、永琳の顔からは先程のまでの余裕が消えている。
 完全に余裕で居られる立場でなくなったのは事実であり、それを永琳も無意識下の内に感じているのだろう。
 だが輝夜だけは違った。

「そうよ。永遠亭の全てを持ってして生まれたこの永遠178号が、あんな俄仕込みの連中に遅れを取るわけがないわ! あいつ等とはカリスマが違うのよ」
「輝夜……」
「輝夜様……」

 その根拠のない自信はどこから来るのか。
 そう尋ねたくなるほどに、輝夜の表情から自信は揺るがず乱れない。
 しかし思ってみればこれは当然のこととも言えた。
 輝夜は信じているのだ、この永遠178号を作るに当たり、永遠亭の皆がどれほどの汗を流し、労力を割いてくれたのかを知っているから。

「それに……家族を信じるのは、当然のこ――とぉっ!?」

 良い顔で良いことを言おうとした輝夜だったが、その言葉は最後の最後で情けない声に変えられてしまう。
 まさかのタイミングでレミリア達が攻撃を始め、その衝撃で輝夜はよろけてしまい、思い切り後頭部をぶつけてしまったのだ。
 格好良いことを言うために立ち上がったのが仇となったのだが、まさかここで攻撃を受けるとは思わない。展開的に。

「ちょっと! 空気を読むってことができないの!?」
『いや、こっちは今から攻撃するぞって言ってやったのに。いくら経っても何もしてこないし』
「それなら何かするまで待っててよ!」
『……カリスマが違うとか言っていた奴の台詞とは思えないね』
「全部聞こえてたなら、もう少しくらい待ってくれたって良いじゃない!」
『ふんっ、待てと言われて待つバカがどこにいるんだ』

 ものの見事に良い空気はぶち壊れ、輝夜とレミリアは不毛な言い争いを始めてしまう。
 シリアスなんてそっちのけ。
 まったくもってどちらも子どもっぽいと言わざるを得ない。

『じゃあなんだ、お前は待てと言われたら待つバカなのか?』
「自分で言ってて空しくならない? まったく、これだからたかだか五百歳の子どもは考えることが幼稚で困るわ」
『はっ、言われたことが図星だからって強がるのは、愚か者の証拠だよ』
「むむむ……」
『うぐぐ……』

 お互いそれ一つあれば、そんじょそこらの妖怪くらい赤子の手を捻るより簡単にあしらうことの出来るものに乗っているというのに、やってることといえば稚拙な口喧嘩。
 そろそろそれぞれの従者も苦言を呈そうかと思い始めたとき、急遽事態は一変した。



『「もーっ、我慢の限界だわ!!」』



 互いに作戦も何もあったものではない。相手への敵対心と怒り、憎しみが衝動となり、それがそのまま次の行動へと繋がる。
 永遠178号はその剛腕にスピードを乗せてムーンライトパンチを放つ。
 レミリアの戦闘機――レッドウイングは真紅の翼を舞わせるようにそれを回避し、機銃から妖力製の弾を連射する。普段の弾幕ごっことは違い、直線的だがその連射数は半端なものではない。
 右ストレートを放ったばかりで体勢を整える暇のない永遠178号は、その攻撃をまともに喰らってしまうも、それによって受けたダメージは全く見られない。

「まったく、防御力重視で設計しておいて良かったわ」
「あぅぅ、頭打ちましたよ〜」
「そんなの輝夜様が口喧嘩を始めた時点で気付いてないと。私も永琳様もちゃんと対処していたっていうのに」

 それなら教えてくれたって良いのに、と恨みがましい視線をてゐに送りながら、鈴仙は打った頭をさする。
 しかし今の攻撃でも傷一つ無いのとうのは、やはり永琳の設計しただけのことはある。 ただし驚くべきはそこだけではない。

「それにしても輝夜様ってどこでこんな操縦法なんて覚えたんでしょうか」

 ただ二足歩行で歩かせるだけなら、ちょっとの練習でも充分だ。
 腕を少し振り上げたりするのもそれほど難しくはない。
 だが今の攻防のように瞬時の判断が必要とされ、しかもその判断と操縦が合わせられるには、ある程度訓練を繰り返した者でなければ不可能である。
 この永遠178号が制作されてからはまだ日が浅い。それに訓練と呼べるほど、輝夜は操縦経験が多いわけでもない。

「あら、そんなの簡単よ。私が教えたに決まっているじゃない」
「教えたって、そんな時間有りましたっけ」
「えぇ、まだ私達が月にいた頃にね」
「千年以上も前の話じゃないですかっ」

 忘れている人がいるわけはないと思うが、輝夜は元・月の都の姫である。
 勿論姫という身分である以上、生まれた頃から様々な英才教育を受けてきた。
 賢者の名を持つ八意永琳が教育係に着いていたことを考えれば、どれだけの教育を受けてきたかが理解できることだろう。
 ただ、その内容がまさか巨大ロボットの操縦法や戦闘下での状況判断にまで及んでいたとは、鈴仙も呆気にとられるしかない。

「ふふふ、懐かしいわね、この感覚」
「って、輝夜様は実戦経験があるんですか!?」
「ないわ」
「ないわ、ってそんなさも平然と言い切らないでくださいよ! 今、懐かしいって言ったじゃないですか」
「シミュレーションは何度もやったわよ。普通の勉強なんかよりよっぽど面白かったもの」
「そうそう、輝夜ったら宿題もそっちのけで、操縦の練習ばかりして。ハイスコアがどうのとよく嬉々とした表情で話してくれたわね。その度にお仕置きしたことが、まるで昨日のことのように思い出せるわ」

 ほぅ、と恍惚の笑みを浮かべる永琳と、その当時に受けたお仕置きのトラウマが蘇ったのか笑いが引きつる輝夜。
 そのとても共感できる表情に、鈴仙はとても親近感を抱くのだった。

「ねぇ、思い出話に花を咲かせるのは良いんだけどさ」
「ん?」

 てゐが前方を指差すと、そこにはレミリアの攻撃を皮切りに、一斉攻撃をしかけんと紅魔館軍団の機体が迫ってくるのが見えた。

「あぁん、もうーっ、ピンチじゃないですか、あんなの避けきれませんよぉっ」
「だからそのすぐに慌てふためく癖は直しなさい。このくらいで冷静な判断を欠いてるようじゃ、いつまで経っても一人前の薬師にはなれないわよ」

 薬師と戦闘状況下での冷静な判断がどう関係するかは定かではないが、その言葉に鈴仙は何とか息を整え前を見据える。
 同時に椅子に座り、シートベルトを締めることも忘れない。さっきみたいに痛い目を見るのはこりごりだ。

「来るわよ永琳。私は目の前のことにしか対応できないんだから、作戦指揮は任せたわ」
「了解。鈴仙、貴女も巫山戯ていないで索敵に集中なさい」
「りょ、了解っ」
「てゐ、被害状況の情報はすぐに回すこと。あと、兎達に“例の準備”を急がせて」
「了解ですっ」

 あくまでも真面目に対応する鈴仙と、どこか楽しそうに返事を返すてゐ。
 そして真面目なのか巫山戯ているのか今ひとつ掴めない輝夜と永琳――いや、本人達は至って真面目にやってるだろうが――と、それぞれに異なる様子を見せながらも、彼女たちの思いは一つ。

 この永遠178号は、彼女たちの家。
 絶対に破壊されるわけにはいかないのだ。

 永遠亭の面々が激戦に備えて気を引き締める中、今まさに攻撃をしかけんとする紅魔館の五つの紅い機体。
 それらを駆るレミリア達にも、永遠亭同様譲れない決意が胸にあった。


  ☆


 紅魔館軍の守りの要である陸上戦艦――翠龍。その操縦桿を握るのは、紅魔館の守人紅美鈴その人だ。
 そのハンドルを握る手にはじっとりした嫌な汗が浮かんでいる。まさか本当にこんなものを操る羽目になるとは、正直な所思ってはいなかった。




 数日前、いきなりパチュリーの書斎に呼び出されたかと思うと、そこにはレミリアと咲夜の姿もあって、茶会に招かれたような和やかな雰囲気でないことは瞬時に察することが出来た。
 円卓を囲むようにして美鈴の到着を待っていたレミリア達は、何やら図面のような紙に視線を落としている。
 その視線は真剣そのもので、容易に話しかけられる状況ではない。
 そこで美鈴はまず近くにいた小悪魔に状況の説明を求めることにする。

「ねぇ、これは一体何の集まりなの? 妹様が脱走でもした?」
「あぁ、美鈴さん。実はですね」

 小悪魔もパチュリーから断片しか聞いていないが、何やら咲夜が永遠亭との争いで泥を被らされたことについて、その借りを返しに行く算段を考えている最中であると美鈴に話す。
 二人の会話に気付いたのか、レミリアは顔を上げ、美鈴と小悪魔にもこちらの会話に混じるよう手招きをする。
 しかし美鈴にはここに呼ばれた理由にさっぱり見当が付かない。

「あのぉ、永遠亭と何かやり合うのは聞いたのですが、私にも何かやることがあるんですか?」

 何か大きなことをしでかすにしても、美鈴はあくまでも門番としての立場から変わることはない。
 だから作戦に加わるとしても、それは紅魔館の防衛という任しかない。
 美鈴の当然の疑問に答えたのは、パチュリーだった。

「今回はあなたにも戦ってもらうわ」
「え、でもそれじゃあお屋敷の警備は……」
「その必要がないからに決まってるじゃない」

 とんと話が見えてこない美鈴は、そのよくわかっていないという意思を表情にして反応する。
 そんな回転の遅い頭に溜息を吐くパチュリー。

「胸だけは大きいのに、頭の方はてんで冴えないわね」
「いや胸は関係ないですってば。それより私にもわかるように説明してもらえませんか」
「そんな役立たずの胸なんか破裂させてしまえばいっそ楽になるわよ」
「いや確かに役には立ちませんけど……って、ちゃんと話してくださいよ」

 はぁ、と再度溜息を吐きながら、パチュリーはテーブルの上の図面に視線を送る。
 美鈴もそれに倣って、テーブルの上へと視線をやる。
 そこには美鈴の頭では到底理解できない単語やら図式やらが書かれていて、パッと見ただけでは、これが何を意味しているのかはわからない。

「これは……」
「これが今回の作戦の要。永遠亭が作ったという巨人に対抗する為の、紅魔館の新たな姿よ」
「紅魔館の新たな姿……ですか?」




 それがまさか本当に具現化されるとは、魔法の力はどこまでのことが可能なのか。
 この翠龍と美鈴が命名した陸上戦艦。そしてレミリアの駆るレッドウイング。咲夜のスマートエッジ、パチュリーのエンサイクロペディア、小悪魔のリトルディストーション。
 これらすべてが紅魔館そのものから作られたと誰が思うだろうか。
 パチュリーが言うには、対抗するだけの大きさを持ったものをつくる材料として、適したものがこれ以外にないのだという。
 それに長年かけてレミリア達が過ごしてきた屋敷には、その妖力魔力が老舗の秘伝のタレの如く染みついているため、魔法でどうこうするには最も適している、ということらしい。

『――リン、美鈴!』
「あ、はいっ。聞こえてますよ、何ですか咲夜さん、どうぞ」

 突然無線機から聞こえてきた咲夜の声に、慌てて美鈴は思考を元の世界に引き戻してくる。
 あまりにも隠しきれていなかった狼狽ぶりに、無線の向こうで咲夜が呆れているのがその口ぶりから察せられる。

『まったく相手がぼぅーっとしている今が最大のチャンスだって言うのに、貴女まで呆けてちゃ意味無いでしょう』
「す、すみませんっ。でも本当に総攻撃しちゃっても良いんですか」
『その為にこれを作ったんでしょう。貴女だって了承したから、その席に居るんじゃない』
「いや、それはそうなんですけど」

 そこまでして永遠亭と対抗する理由があるのだろうか。
 今まで門番としてしか戦う意義を求めてこなかった美鈴には、今回の戦いの目的が今ひとつ納得できていなかった。
 咲夜の仇討ちと――死んだわけではないが――、紅魔館が被った汚名の返上と言えばもっともらしいが、それにしてもこれはやりすぎだ。
 文字通り紅魔館の全てを結集しなくても、レミリアを筆頭にどうにでもできる面子が揃っているのに。
 声と間だけで美鈴の意思を汲み取ったらしい咲夜は、美鈴が尋ねるよりも早くその答えを教えてくれた。

『今回の戦いには、お嬢様と向こうのお姫様のカリスマがそれぞれ掛かってるのよ』
「カリ……スマ?」
『えぇそう。あまり長く話している暇はないから、簡単に教えておくわよ。つまり勝った方がカリスマが高いってことの証明になるの。これだけ大きな戦いですもの。噂にならないはずがない』
「カリスマがあると証明できたら……良いこと有りますかね」
『さぁ、お嬢様の機嫌がしばらく良くなって、待遇がよくなるかもしれないわね』

 待遇が良くなる。

 その言葉に美鈴は薔薇色の未来図を妄想する。
 朝は日が昇ってから起きても良い。勿論朝ご飯は出来たてで、お茶まで付いている。昼休憩ももらえて、おやつの支給も当然。お風呂は大浴場を使っても良いし、寝るときはふかふかのベッドで――。

「私っ、超頑張りまっす!」
『そ、そう? やる気を出してくれたなら何でも良いわ。ほら、行くわよっ』

 なぜだかいきなり声の勢いと張りの増した美鈴に、咲夜は多分程度の低い皮算用で勝手に盛り上がってるんだろうなぁと、完全にその思考を読み取りながら、単純な同僚に少し哀れみを感じつつ、操縦桿を握る手に力を込めた。
 レッドウイングよりも速度を重視した、近接戦専門の機体が風よりも早く標的へと向かって飛ぶ。
 この“瀟洒な刃”と咲夜が自ら名付けた機体は、パチュリーの術によって、咲夜の能力が反映される作りとなっている。
 つまり咲夜が能力で時を止めても、この機体だけは動くことが可能であり、この戦闘においても、咲夜の力が十二分に発揮できるようになっているのだ。
 先程、輝夜達の視界から消えたように見えたのもその特殊な力を使ったからである。
 これはスマートエッジだけに言える話ではなく、それぞれに操縦者の特徴を活かす機能が搭載されているのだ。

『くっ、このちょこまかとっ』

 永遠178号はなんとか有効打を与えようと、必死に腕を振るもレミリアのレッドウイングや咲夜のスマートエッジには一向に当たらない。
 翻弄される巨体を離れたところから狙い撃とうとしている照準があった。
 その車体に対しては巨大すぎる砲台一門を有した小型車両。本来なら機動性はあるはずだが、その巨大砲の所為で機動性を殺してしまっているのは目に見えて明か。
 しかしそれはそれで良いのだ。それはパチュリー専用機、エンサイクロペディア彼女専用であるが故。
 コクピットではパチュリーが照準を永遠178号に向けると同時に、魔法の詠唱を行っていた。
 次第に砲身に込められていく七色の魔力。
 体の弱い彼女にとって、普通の車両で動き回れば酔いが回ってしまう。
 だからこうして遠距離攻撃に長けた機体を設計したのだ。そのぶん一撃にに込められる威力は申し分ない。

『ロックオン。距離、動作補正、良し……当てるわ』

 引き金が引かれると同時に、充分に練られた魔力が虹色の輝きを放ちながら、一直線に永遠178号へと向かっていく。
 周囲を飛び交いながら攻撃を仕掛けてくる二機の戦闘機に気を取られていた永遠178号はそれを避けきれない。
 しかし鈴仙のレーダーで反応できたのか、すんでのところでヒザを折り、パチュリーの攻撃は脇腹に当たる部分を掠めるだけに終わってしまう。

『狙い撃ちとはやってくれるわね』
『卑怯だとは言わないのか。てっきりさっきみたいにヒステリックに喚くと思っていたけど』
『近接戦で気を惹き、遠方攻撃への注意を逸らさせるなんて常套手段じゃない。それくらい弁えてるわ。ただお返しはたっぷりとさせてもらうけどね』

 ちなみに輝夜の台詞の前半は全て永琳の授業で学んだことだ。
 千年以上も前に教わったというのに、意欲を持って取り組んだことは忘れないということか。
 なんにしても輝夜も煮え湯を飲まされっぱなしで終わるわけがない。

『まずはこれ以上邪魔されないように、あの砲台から落とさせてもらうわよ』

 永遠178号の胸部の障子が開き、その中で幾つもの白い影が動いているのが見える。
 よくよく見ると、そこにはてゐを筆頭に永遠亭の妖兎達が集合して何やら準備をしているようだ。
 そこに用意されていたのは幾つもの巨大人参――に見える何かだ。

『大きいだけの人参ごときで私達がやられると思っているのか』
『ただ大きいだけって高を括って、痛い目を見ると良いわ。イナバっ』
『了解っ。さぁみんな、盛大に歌って騒いで、搗きまくっちゃって!』
『ウッサッサー!』

 輝夜の合図がてゐ達の元へ届くと、てゐは自分の言うことならなんでも聞く妖兎達に指示を出す。
 あらほらさっさと言ったかどうかはさておき、妖兎達は元気に返事をし、その手には例月祭で使っている杵が握られている。
 そして始めたことと言えば……

『一つ搗いてはカグヤ様〜♪ 二つ搗いてはエイリン様〜♪ みんなのお家をまもるため、搗き続けましょ、はぁ続けましょ♪』

 歌いながらその杵を一斉に振るい出す。
 しかしそれが搗くのは餅ではない。
 妖兎が一つ搗く度に、それによって生まれた圧力がタンクの中に溜まっていき、それが永遠178号の遠距離武器「超閃人参」の発射エネルギーに変わるのだ。

『輝夜様ぁっ、準備オッケーです』
『てゐはそのまま二発目以降の準備を。……喰らえっ!』
『発射ぁっ』

 溜まりに溜まった圧力が、一気に解放され推進力を得た人参型誘導弾が放たれる。
 その向かう先には魔砲を放ち隙だらけになっているエンサイクロペディア。

『パチェっ』
『私にお任せをっ』

 いつの間に方向転換をしていたのか、エンサイクロペディアの元に猛スピードで駆けつけるのは美鈴の翠龍だ。
 エンサイクロペディアよりも大きなその体で、超閃人参の直撃を防ぐ盾になる。
 勢いの付いたミサイルの火力はなかなかのもので、一瞬にして翠龍は爆炎に包まれた。

『まだまだっ。イナバ、どんどんいくわよ!』
『ウッサーッ!』

 反撃の隙を与えまいと、ミサイルを連射する永遠178号。
 先程の爆発を見ると下手に打ち落とせず、レミリア達もその軌道から避けるので精一杯だ。
 なかなかの高火力にレミリアは忌々しげに舌打ちをする。

『チッ、あんな装備まで付けているとは』
『でも大丈夫ですわ』
『当たり前。あの程度でやられていたら、紅魔館の門番なんて務まらないわ』

 レミリアは黒煙が立ち上る翠龍達のいる場所を見ながら、その口元に不敵な笑みを浮かべる。
 その時一陣の風が吹き、全てを覆い隠していた煙が裂かれていく。
 晴れていく噴煙の中、悠然とその巨体を立ちはだからせている翠龍の姿が露わとなった。

『まさか今の攻撃で傷一つ付いてないなんて……』
『残念だったな。うちの門番はそれなりには優秀なんだ』

 美鈴の翠龍は、美鈴の気を操る程度の能力を装甲や火力に変換する機能が搭載されている。
 守りの要である美鈴が、大きさではレミリアよりも上を行く機体を任されているのもそういう意図があるからだ。
 大きさは権威の象徴となるが、必ずしもそれだけがカリスマを醸すものではない。
 だから仮初めの豊胸は空しいだけなのだ。

 そう、大きいだけがカリスマではない。
 それは輝夜達に対しても言えること。

『さてと、それじゃあそろそろ、こちらももう少し本気でやらせてもらおうか』
『何を今更……』
『何故こちらの数が五台なのか。お前にその理由が分かる?』

 一台でも、二台でもなく五台である理由。
 それを考えたとき、カリスマに関してはレミリア同様敏感な輝夜はハッと気付いた。

『ふふふ、どうやら気付いたようね』
『ま、まさか。貴女達……』
『そう、そのまさかよ。さぁ、白い月の出番はもう終わり。これから月は紅く染まり、私達の真の姿を照らす。とくと見るが良い! 真のカリスマとは何なのか!』

 高らかに言い放ち、レミリアは白く輝く月に向かって一段と大きな声で吠えた。




『合体だっ!!!!』



☆次回予告☆

 強敵『永遠178号』を相手に、激戦を繰り広げる紅魔館。
 しかしその差は拮抗し、どちらも優位に立つことができない。
 その時、ついにレミリア・スカーレットのカリスマが爆発!
 紅魔館の精鋭が駆る伍紅の機体が一つとなり、隠された姿を月光の下に晒す!
 真の姿を現した紅魔館に、永遠亭が対抗する術はあるのか!


 次回『Chaotic Charisma Carnival』、第2話『C計画発動』。


 果たして戦いの行方や如何に!!!!


《つづく》


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