永遠の呟


 ★


 ――何度も何度も飽きないの?――


 満月の夜に出会った巫女にそう聞かれた。
 たしかに私とあいつは飽きるほどに殺し合っている。
 殺し合っている、とは文字の通りの意味で、どちらかが死ぬまで遣り合うこと。
 普通殺し合う、っていっても本当にどちらかが死ぬまでのことを指すことは少ないと思う。
 でも私たちの殺し合いは、本当の意味での殺し合い。
 そんなこと信じられない?
 ふふ、でも本当の話よ。

 だって私とあいつは死んでも死んでも、また蘇るんだもの。

 そうやって正確な年月もわからなくなるような長い年月を生き続けてきた。
 私たちのような蓬莱人が、生きることに絶望せずに生きていくには、
 人生になんらかの刺激が必要なの。
 それは読書でも良いし、仕事でも良い。
 でもそんなものよりもっと簡単に刺激を得る方法がある。

 それは遊ぶこと。

 かといって遊びなら、なんでもいいわけじゃない。
 永遠の時を遊び続けることができるものでないと駄目。
 退屈しない。
 飽きない。
 そしたまたやりたくなる。
 そんな遊びが理想型。

 私はその遊びを一つだけ知っている。

 それがさっき言ってた「殺し合い」。

 あいつと私はずっと殺し合ってきた。
 でも、所詮それは真剣なゲームにすぎない。
 狂ってると言われてもかまわない。
 こんな体になった時点で、世界から見れば私たちは狂っているのだから。
 私もあいつも、お互いに次はどう勝とうか、相手はどう勝とうとしてくるかを考えて、
 次の勝負までの日を過ごす。
 もう相手がどんな風に考えるのかなんて、手に取るようにわかるけど、
 だからこそ、その裏の裏まで考えないと、面白い戦いにはなりはしない。


 ――何度も何度も飽きないの?――


 えぇ、飽きないわ。
 だってこれほど私たちの永遠を支えてくれる遊戯なんて存在しないもの。
 永遠を生きる私たちにしかできない、永遠の遊戯。
 終わりが見えてこなくて結構。
 終わりが見えたらその時点で、私たちは永遠に耐えられなくなってしまうから。


 ★


 ――そんなにあいつが憎いのか?――


 満月の夜に出会った魔法使いにそう聞かれた。
 たしかに私はあいつを憎んでる。
 今でも心のどこかでは、あいつを憎んでいる私がいる。
 でもどうして憎いのか、今ではそれがとても曖昧になってきた。
 憎む、という概念には理由がある。
 何々だから憎い、という風にね。
 たぶん私にも理由はあったんだと思う。
 今はそんなのどうでも良いとすら思えるようになった。
 それでもあいつを憎む気持ちは残っている。

 それが私とあいつの初めてのつながりだから。

 いつ出会って、いつから憎んで……いつの間にか私とあいつはここにいた。
 憎んでいるのは私の方だけだったけど。
 あいつは最初から私との関係を楽しんでいたように思う。
 私は憎んで殺そうとしているのに、あいつは楽しむために殺そうとしてきた。
 今にして思えば、あいつは最初から永遠を生きるために必要なものを知っていたんだね。

 それは過去を憎む気持ちよりも、今を楽しむ気持ち。

 永遠を生きるためには、その永遠を耐えうるだけの何かが要る。
 それは信念だったり、夢だったり、希望だったり。
 でもそれらはいずれ終わりが見えて、つぎの支えを探さなければならなくなる。
 その点、今を楽しもうという気持ちには、今しかないのだから、
 終わりが見えることもない。


「永遠の命は永遠の過去を生む。
 だったら過去を憎み続けても愚かだと思わない?」


 あいつにそう言われたのはいつのことだったか。
 でもそれを言われたときにはすでに気づいていたから、何も言わなかった。
 あいつはそのことにも気づいていたみたいだけど。

 でも、私にとって今を楽しむためには多少なりともあいつを憎む必要がある。
 あいつは純粋に楽しもうとしているけれど、同じだったらつまらない。
 理由のない憎しみでもいいじゃない。


 ――そんなにあいつが憎いのか?――


 えぇ、憎いわ。
 理由は全然ないけれど。
 強いて言うなら、私があいつと違うという理由付け。
 たったそれだけの為に私はあいつへの憎しみを残している。
 私が私であるためには、私があいつを憎んでいればいい。
 あいつを憎んでいる私だから、私は私。
 自分を見失ったら、そこで永遠には耐えられなくなってしまうのよ。


 ★


 ――永遠の命に意味はあるのか?――


 満月の夜に出会った半幽霊にそう聞かれた。
 たしかにその疑問を抱くのは当然かもしれない。
 でも聞いてきたその子だって、ほとんど永遠の命と変わらない。
 そのうえ彼女が仕えてる亡霊のお嬢様も、見ようによっては永遠よね。
 それなのに私にそんなことを聞くのは少しお門違いってものじゃないかしら。

 ぶっちゃけ永遠の命そのものには意味はないわ。
 永く永く生きる、ただそれだけだもの。
 永遠に意味を求めたところで、答えなんて出るはずない。
 永遠を生きる私が言うのだから間違いないわ。
 あら、それほどまでに永遠の意味を知りたいの?

 ならあいつに聞きなさい。

 あいつは永遠を操る程度の能力を持っているそうだから。
 それでも帰ってくる答えは一緒だと思うけどね。
 もしかしたら私よりはマシな答えを出してくれるかもしれないけど。
 でも! あくまで仮定の話だし、そもそもあいつが私より頭を使えるとは思いたくないわ。

 ただし、永遠を生きる私たちには意味がある。

 誰かが言っていたわ。
「生きているものには意味がある」って。
 だったら永遠に生きる私たちにも意味があって当然でしょう?
 どんな意味かはさっぱりだけど。
 ……でも、そう信じていたっていいじゃない。
 だってそのほうがなんか格好良いし。

 そういえばあいつも、似たようなことを言ってたかしら。

 永遠を生きる私たちは世界から見れば爪弾き。
 時という流れの中にあって、その流れに反するものだから。
 でも、私たちはこうしてここにいる。
 それはいったいなぜなのかしら?


 ――永遠の命に意味はあるのか?――


 えぇ、あるわ。
 世界には意味を持つものしか存在しない。
 どんなものでも世界を構成する要素の一つだから。
 どれだけ世界の理に反する存在であったとしても、私はこうしてここにいる。
 意味を求めて生きている訳じゃないけど、時々不意に考えることもある。
 考えたところで答えも出ないのはわかっているし、考えるのは面倒だけど、
 自分自身に意味を見いだせなくなってしまったら、永遠に押しつぶされてしまうのよ。


 ★


 ――あの子の事が好きでしょう――


 満月の夜に出会ったメイドにそう言われた。
 どこをどう見たら私があいつの事を好きだというのよ!
 確かに私は飽きる事もせず、あいつと殺し合いを続けてる。
 殺し合いが終わったら、決まって一緒にお風呂に入ったり晩酌したりはするけれど。

 ……そういえばあいつの従者にも言われたことがある。

「本当にいつも楽しそうにじゃれてますね」

 ……あ、慧音にも言われたような。

「“喧嘩するほど仲がよい”をそのまま形にしたような間柄だな」


 ……むぅ、私とあいつはそんな風に見られているの?

 私は戦うときには憎しみ全開、楽しみ全開でぶつかっていく。
 きっとあいつもそう。
 手抜きなんて私とあいつの間では考えられない。
 手抜きをした瞬間に、どちらも絶対に怒るだろう。

 そういう風に、本気でぶつかれる間柄というのはあいつしかいないのは確かだけど。
 好き……なのか?
 うーん、どこか違う気がするけれど。
 でもそれ以外に思いつく言葉もないし、そういうことにしておきましょ。


 ――あの子のことが好きでしょう――


 えぇ、好きよ。
 私の永遠を満たしてくれる、私の今を支えてくれるあいつのことが。

 何度も飽きない遊戯。
 憎しみという私の存在。
 永久に生きる私達の意味。

 それらを共有できる唯一無二のあいつ。
 永遠を操る程度の力を持った私の宿敵。
 あいつと一緒なら、きっと永遠に負けることなく私は生きていけるでしょう。


《永遠の時を生きるものの独白》


☆後書☆

 少し趣向を変えて、以前のようなショートショートで書いてみた第6弾。
 量が量なので半日程度で書き上げました。
 ほとんど名称が出てこないのは仕様です。誰が誰なのかはすぐに分かりますけどね。

 永遠の命、私はほしくないですね。
 でももし願わずに永遠の命を手に入れてしまったら?
 私には耐えられないと思います。
 家族、友人、知っている人たちが全員いなくなったとき、私はきっと死にたいと思うでしょう。

 人間、孤独では生きていけないんです。


 次回はたぶんコメディか、またシリアスでしょう。

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