屋台談義 〜ある妖怪達の雑談より〜


   ***


 妖怪達の夜は騒がしい。
 森の中にうすぼんやりと灯る赤提灯の周囲では、真夜中にも関わらず、妖怪達が宴会を開いていた。

「アハハハハッ、それでさー」
「へぇ、やっぱりそうなんだぁ」

 妖怪と言っても、何もすることが無く、ただ飲み食いしているだけの時は他愛もない会話に花を咲かせて、酒をちびちびやるのが普通だ。
 その見た目とのギャップがあったとしても、それが彼女達の日常であれば、そうであると受け入れる他はない。
 森の中に屋台という不自然な組み合わせも、その店主も妖怪であると分かれば至極当然のことに思えてくるのと同じ事だ。

「ミスティア〜、おっかわりーっ」
「はいはい、ちょっと待って。なんだか今日はご機嫌だね」

 この八目鰻の屋台を切り盛りしている、夜雀のミスティア・ローレライは、さっきから上機嫌で瓶を空けていくお客に対し、苦笑を浮かべながらそう尋ねた。
 その羽振り良くお代わりを連呼しているのは、血気盛んな若者でもなければ、いい歳をした職人でもない。
 屋台の椅子に腰掛けてミスティアと向かい合っているのは、人間の子供のような背格好をした短髪の少女だ。
 しかしその頭部からは角か耳のように2本の触覚が生えている。
 
「んふふ〜、わかる? 今日さ、例の船を見ちゃったんだ」
「本当なの? リグル」

 リグル・ナイトバグ。蛍の妖怪で、蟲を操る程度の能力を持った妖怪だ。
 見た目は人間の子供大差なくても、中身は人間のそれとは全く異なる。だからどれだけ酒を飲んでも咎める必要はない。
 そのリグルだが、今日はやたらと機嫌が良い。誰が見ても十中八九、今の彼女が機嫌が良い様に見えると答えるだろう。
 しかし、“例の船”とは何のことなのだろうか。どうやらミスティアも知っていることらしい。

「良いなぁ。私ってば、基本的に夜行性じゃない? 夜に見たって噂は聞かないんだよねぇ」
「へへ〜、でも見たって言ってもチラッとなんだ。そうだ、明日一緒に探しに行こうよ」
「でも昼間は太陽が眩しいし、寝起きは頭が働かないし」
「そんなこと言ってたら、いつまで経っても、空飛ぶ船なんて見つけらんないよ?」

 空飛ぶ船――それが今、幻想郷中で話題となっている。
 最初は変なものが空を移動している噂だけだったのだが、噂とはえてして尾ひれがつきまとうものであり、皆の耳に入る頃には

『空に浮かぶ宝船を見た者は幸せな事が起きる。乗り込むことができれば、その幸せは永遠のものとなる』

 ……とまぁ、こんな具合の夢物語が完成してしまっているわけだ。
 今のところ、目撃証言しかないが、この調子だと誰かが乗り込みに掛かるのは時間の問題だろう。
 だがここにいる連中は、見られただけで幸せのようだ。

 それは何もミスティアとリグルに限った話じゃない。

「船が飛ぶなんてそんなことあるわけないれしょーっ!?」

 突然のれんの外から響き渡る大きな声に、ミスティアとリグルの二人は溜め息を吐く。
 酔いつぶれて静かになったと思っていたのだが、どうやら目を覚ましたらしい。
 その大声の張本人は未だ酔いを残したろれつの回っていない口調で怒鳴りながら、二人の間に割って入ってきた。

「あんら達ねぇ、船は水の上に浮かぶもんれしょうが! そんなことも知らないなんれ、二人ともバカじゃないの?」
「ぐ……チルノに言われると屈辱だわ」
「まったく……たった一杯で出来上がっちゃうくらいなら、最初から氷水にしておけば良かったのに」

 顔を真赤にしながら、絡み上戸に仕上がってしまっているのは霧の湖から、わざわざやって来たチルノだった。
 リグル達が楽しく飲んでいるのを見て、自分も飲みたくなったらしく、いつも氷水で我慢しているのに無理言って一杯入れてもらったのだ。
 その後のことは二人にとって、あまり思い出したくない。
「あたいは最強なのよーっ」とか叫び始めたかと思うと、手当たり次第に弾幕をばらまき始めたのだ。
 それを止めるのに宴会は一時中断。屋台に被害が及んではいけないと、二人がかりでコテンパンにのして、ようやく静かになったのだが。

「空に水なんてないのに、どうやって船が浮かぶってぇの」
「浮かぶかどうかはさておき、空の水なら雨が在るじゃない」

 ミスティアの指摘に、チルノは騒ぎを止めて考え込み始める。

「ん? あぁ、そっか……あれ? じゃあ船が浮かんでてもおかしくないってこと?」
「おかしくないって言うか、もう実際に空を飛んでいるところを見た私が居るんだから、間違いないんだけど」
「えっ!? リグル、見たのっ!? いいなぁ〜」

 あれだけ怒っていたのに、いつの間にかいつもの調子に戻って、羨望の眼差しを向けてくるチルノに疲れはない。
 むしろ相手をしているリグル達の方が疲れた顔を浮かべているくらいだ。

「チルノは昼間も飛び回っているのに、見たこと無いの?」
「そうらのよぉ、見つけたのは変なものだけだし……。あたいに見つからないなんて、なかなかやるわねっ」
「そっかぁ……ルーミアは?」

 ミスティアは鰻をひっくり返しながら、やたら静かにしているもう一人の参加者に話しかける。
 屋台の暗がりでうずくまっているのは、その暗さにとけ込むような黒い服を着た小柄な少女だ。

「ルーミア?」
「んー?」

 なかなか返事が返ってこないのでルーミアの方へ直接視線を動かしてみると、そこからはとてつもない血の臭いが漂ってきた。
 今までは鰻を焼く煙の香りが邪魔をしていたが、見るとルーミアの周囲は血溜まりが出来上がっている。
 その中心に座るルーミアは、むぐむぐと一心不乱に口を動かしている。
 そんな一種異様な光景を目の当たりにしてもミスティアは驚きの声を上げる――が、それは恐怖から発せられたものではない。

「ちょっと!? あんた一体何を食べてるのよ!」
「人肉〜♪」
「そんなものどこから持ってきたの」
「さっきそこを通りかかったから捕まえたの。ミスティア達もいる?」

 たぶん屋台から香ってくる香ばしい臭いにつられてやって来たのだろう。
 それを最初に見つけたのがルーミアだったのは、不運だったとしか言いようがない。

「いらなわいよ。あ〜ぁ、こんな散らかして」

 ミスティアは慣れた手つきでルーミアの“食べかす”を片付け始める。
 血の跡はどうしようもない。自然と地面に染みこむのを待つ方が良いだろう。
 ルーミアの服に付いた血までは面倒見切れない。どうせ黒い服だし、いずれ紛れ込むだろうと、ミスティアは無責任なことを考えていた。
 しかし、その足下を突然小さな影が走り抜け、ミスティアは思わず手に持っていたちりとりを落としてしまう。

「な、何っ!?」

 その影はミスティアの足の間を抜けたかと思うと、ものすごい速さでリグルとチルノの方に駆けていく。
 ある程度頭が働くようになったのか、チルノがその影を捕まえようと構えをとる。

「あたいに任せなさいっ! それっ」
「全然ダメじゃん。私が……うりゃっ」
「何よ、リグルだってダメじゃらい。こっち来たっ、えぇぃっ」
「だから、そんなんじゃ無理だってば。あ、そこっ、ていっ」
「そっちそっち! あーもー、リグルは見ててっ」
「チルノこそ、ジッとしててってば」
「「ふぎゃっ!?」」

 さんざん翻弄された末に、互いのおでこをぶつけ合ってしまう二人。
 その影は再びミスティア達の方へと向かってきた。
 しかし夜の暗さでは、猫の目でも無い限り正確に捉えることは難しいだろう。
 ミスティアはその素早さに狼狽しているが、ルーミアはご馳走を食べ終えた満腹感に浸り、それどころではなさそうだ。
 指にこびりついた肉片と血液を、さいごのお楽しみと舐める様は、無邪気な子供そのものだ。
 しかしその鼻孔が微かな臭いを敏感にキャッチする。

「お肉の臭い……おやつゲットっ!」

 ルーミアは自分のよだれと血と肉の油でべとべとになった手で、すかさずその臭いの元を捕まえた。
 それまてせのまったりとした雰囲気の彼女からは想像も付かないほどの早業に、近くで見ていたはずのミスティアも、
 ルーミアが一体何をしたのか理解するまでにしばらくの時間を要してしまうほどである。

「る、ルーミアっ、大丈夫?」
「なぁんだ、ただのネズミかぁ。こんなんじゃ足りないわ」
「妖怪騒がせなネズミね。とりあえず焼く? 血を抜いて皮を剥げば多少は美味しくなるかもよ?」
「うーん……そうだなぁ、血抜きしたらボリュームが減っちゃうのよね」

 しっぽを摘まれ自由を奪われたネズミは、四肢をばたつかせながらなんとか脱出しようともがいている。
 二人の会話を理解しているとは思えないが、どんなに小さくても野生の動物だ。
 生まれながらの生存本能が危険を察知して、逃げろと警鐘を鳴らしているのかもしれない。

「そうだなぁ。人間は生だったから、こいつは焼いてもらおうかな」
「了解〜。そうそう、チルノとリグルは? ネズミ焼きは作れないけど、鰻ならまだあるし焼くよ?」

 たかだか小動物一匹にいいようにあらわれてしまったチルノとリグルは、ぶつけあった箇所をさすりながら元の席へと戻ってきた。
 しかし、その表情は二人ともバラバラで対照的だ。リグルは痛そうに顔をしかめているのに、チルノはどこか誇らしげにさえ見える。

「た、食べ物は良いから、氷水ちょうだい。チルノったら石頭なんだもん。まだひりひりしてる」
「うふふっ、やっぱりあたいったら最強ねっ」
「氷ならチルノに出してもらえば? それとも、チルノとおでこを直接くっつける方が早いかもね」
「やめてよ。またぶつけるのは嫌だもの」
「あ、あたいも氷水っ。あたいのはコップに並々とねっ」
「はいはい、それじゃあ、氷水二つと、ネズミ焼き……っと」


「ちょぉっと待ったああああぁっ!!!!」


 ミスティアの包丁が、まさにネズミの腹をかっ捌こうとした瞬間、悲鳴にも似た怒号が空から降ってきた。
 その大きすぎる主張に、四人は揃って何事かと空を見る。
 すると星影の間、灰色の雲と白い月を背に、一匹の妖怪が空中に仁王立っていた。
 背中にはその背丈と同じくらいの、かぎ爪のような細い杖を二本背負っている。

「君たち、私の可愛い子ネズミに、なんてことをしてくれようとしているんだい」

 どこか気取った口調の妖怪は、地上に降り立つやいなや、呆気に取られているミスティアの手から、
 もうもがく力も無いのか、ぐったりとしているネズミを奪い取った。
 体力が無くなっているだけで、まだ息があることを知り、妖怪はホッと胸をなで下ろす。

「良かった……だから勝手な行動を取るなって言ったんだ。それより……」

 妖怪はミスティア達をキッとにらみつけると、ものすごい剣幕で詰め寄ってきた。

「君たち! ネズミを食べようとするなんて、なんて野蛮なんだ。ネズミはどの生き物よりも昔から、生きているとても偉大な生き物なんだ。
 神様から捜し物の依頼を受けるくらい、知能も品格も高いんだ。わかるかい? そんじょそこらの低級妖怪の君たちが手を出して良いものじゃないんだよ。
 それを、寄って集って捕まえて、あまつさえネズミ焼きだって!? まったく、君たちの程度の低さがうかがい知れるね」

 よくもまぁそこまで舌が回るものだと、四人とも自分達が怒りを買っていることも忘れて聞き入っていた。
 しかし――というか当然だが――、妖怪はすぐに自分の意図していることが伝わっていないことに気がつくと、
 怒りよりも呆れが上回ったらしく、深い溜め息を吐きながら、ひとまず手に持っていたネズミを地面へと放した。

「君たち、本当に程度の低い妖怪だったのかい?」
「「「「?」」」」

 しかし、そんなことを言われても、四人は自分達の程度が低いなど思ったり考えたりもしていないものばかりで、どう答えたものかと誰も口を開かない。
 思っている以上の理解力のなさに、妖怪は唖然とする。

「と、とりあえず自己紹介をした方が良いかもしれないね。私は妖怪ネズミの“ナズーリン”。さっきも言ったけど、誇り高いネズミ族の妖怪だ」
「なんだ、ネズミの妖怪か。あたいは幻想郷一、最強の妖精チルノだよ」
「なんだとはなんだ。妖精のくせに」

 それまで何を聞いても、ポカンとアホ面を浮かべていた連中からそんなことを言われては、こちらまで同レベルと思われているようで、
 ナズーリンにとってはとても不愉快だ。しかも妖怪ならまだしも、妖精の口からでは、その度合いも高まるというもの。

「まぁまぁ、チルノの高慢ちきはいつものことだから。私はリグル・ナイトバグ。蛍の妖怪よ」
「私はミスティア・ローレライ。この屋台も私のものよ。ちなみに種族は夜雀ね。で、こっちが――」
「ネズミ焼き……でっかい、ネズミ焼き……」
「ちょっと!? この子の目つきが凄い怖いんだけど!」
「ああ、その子は闇の妖怪でルーミアって言うの。肉食で私たちより食欲に素直だから、食べられないように気をつけてね」

 しれっと恐ろしい発言をするミスティアに、ナズーリンは背筋をふるわせる。
 その腕にある噛み跡らしいアザを見てしまうと、今のミスティアのあっさりとした物言いも頷けてしまう。

「えっと、自己紹介も済んだところで、本題に入らせてもらうよ」
「本題?」
「……うん、君たちに理解力は求めないから」
「あ、長い話になるならお酒は?」
「だから、話の腰を折らないで欲しいな……ん、まぁもらうけど」
「鰻も焼くから、食べていってよ。常連さんが増えるのは、うちとしては大歓迎だし」
「本当、良い匂い……じゃない! 話をしてもいいかなぁ?」
「すればいいじゃない」
「んなっ」

 さっきからペースを崩されっぱなしで、ちっとも話を進めさせてもらえない。
 厄介な連中を捕まえてしまったと、今更ながらに後悔するが、酒も蒲焼きも美味しそうだ。
 美味い酒と料理は厄介じゃないし、むしろ大歓迎である。

「それで? 話って?」
「――ッ! もう良いよ。今後、ネズミを食べないように。私の話は以上だよ」

 ルーミアから、ようやく催促の言葉が告げられても、今更過ぎて話をする気も失せてしまった。
 ちょうど酒の準備も進んでいることだし、自棄酒としゃれ込むのも悪くはない。
 しかし……

「それだけ?」

 面白い話でも期待していたのか、チルノの残念そうな一言にナズーリンもさすがにカチンと来た。

「……ぶつよ?」
「何さ、なんか勿体ぶってたくせに、あれだけかーって聞いただけじゃない」
「言いたいことくらい一杯あったよ。それを聞かなかったのは君たちじゃないか!」
「あーっ、うるさいなぁっ、ケンカを売るなら買ってあげるわよっ」
「ふぅん、妖精のくせに妖怪にケンカ売るんだね」
「ケンカを売ってきたのはそっちでしょっ! それと、あたいをそんじょそこらの妖精と一緒に考えてたら痛い目を見るからねっ」

 すっかりその気になってしまった二人は、屋台から飛び出して夜空へと飛び上がった。
 ナズーリンは背負っていた杖を構え、チルノも周囲に多くの冷気をまき散らして弾幕ごっこの準備を整える。
 そしていざ、戦闘開始と相成った瞬間だった。

「あ、ちょっと待って!」

 昂ぶっていた士気に水を指したのは、他ならぬ当事者の一人、ナズーリンだった。
 チルノはまさに火蓋が切って落とされんとしていた瞬間に、そんなことを言われて憤慨する。

「何よっ、今更怖じ気づいたの?」
「違う違う。私のネズミが、君から宝の反応がするって騒ぐのさ」

 見ると、ナズーリンの尾に括り付けられている籠には一匹のネズミが入っている。
 先ほどのネズミとは違って、そこが彼(彼女)の寝床なのだろうか、暴れて逃げようとする気配はない。
 そのネズミが、何やら宝の気配がすると、ナズーリンに告げたようだ。

「仲間のピンチやら、お酒やら蒲焼きやらで、すっかり忘れていたよ。私たちにはやらなくちゃいけないことがあったんだ」
「さっきからごちゃごちゃと何を言ってンの! さっさと勝負を始めるわよ」

 いい加減業を煮やして、チルノが催促の言葉を口にする。
 しかしナズーリンは一向に、戦いに入る姿勢を見せない。
 本当にやる気があるのかと、チルノが再度言おうとしたときだ。

「あ、今回は私の負けで良いよ。それよりも、君が持ってる宝を渡してくれないか」
「宝?」
「うん、持っているだろう?」
「そんなの、あたいは拾ってないよ」
「君には宝じゃないかもしれないけどね。私にはそれを持って帰る義務があるのさ。必要のないものなら、渡してほしいんだけど」

 ナズーリンの言う、宝とやらに首を傾げつつ、チルノはポケットを漁ってみた。
 出てくるのはゴミばかりだが、その中に今日拾ったばかりの“変な物”が出てくると、ナズーリンは目の色を変えて迫ってきた。

「そう! それだよ!」
「これ? こんなのがあんたの宝なの?」
「正確には私の宝じゃない。私はこれを集めるように、ある方から依頼を受けているのさ」

 すっかり弾幕ごっこをする雰囲気でもなくなって、チルノとナズーリンは何もせずに地上に戻ってくる。
 その頃には蒲焼きも良い具合に出来上がっており、ちょうど良い案配に席が整っていた。

「あれ、弾幕ごっこはやらなかったんだ」
「まぁ、流れ弾がやって来ないからうちとしては助かるけどね」

 席に着くと、ルーミアとリグルが先に料理に手を付けていた。

「あ、あたいの蒲焼きはっ」
「ちゃんと取ってあるわよ。がっつかなくったって、今日のお客はこれだけなんだから」

 勿論あなたの分もね、とミスティアはナズーリンの前にも蒲焼きの乗った皿を差し出した。
 たれの焦げる香ばしい香りは、否応なく胃袋を刺激してくる。
 リグルもルーミアも美味しそうにそれを頬張り、チルノも出されるとすぐに手を付け始めている。
 それだけの味は保証されているとくれば、どうして我慢をする必要があるだろうか。
 ナズーリンはひとまずチルノの持っている宝の欠片は後に回して、お相伴に預かることにした。

「い、いただきます」
「召し上がれ〜」

 一口かじった瞬間に、口内に広がる芳醇な油と少し苦味のあるたれが混ざり合い、
 パリッとした皮とふっくらとした白身がそれと混ざって、得も言われぬハーモニーを奏で出す。
 気づいたときには、ナズーリンの前に出された皿は竹串のみになっていた。

「あ……」
「そんなに美味しかった?」

 一心不乱にかぶりついていたのを見られていたことに気がつき、ナズーリンは思わず顔を真っ赤にして下を向いてしまう。
 だがミスティアからしてみれば、それだけ美味しいと言ってくれるいるようなものだ。嬉しくないはずがない。

「良い食べっぷりだね。ルーミアと良い勝負かも」
「そ、そんなことは……でも美味しいのは認めるよ」
「ありがとう。まだ焼けるけど食べる?」
「……うん」

 すっかりこの空間に馴染んでしまったナズーリンは、はもはもと八目鰻の蒲焼きを頬張る。
 もちろん尾の先の子ネズミに分け与えるのも忘れない。
 しかし改めて考えてみると、自分で店を開いて料理を振る舞う妖怪というのは珍しいのではないだろうか。
 ナズーリンはふと浮かんだ疑問をそのまま口にした。

「こんなことをしている妖怪も居るんだね」
「屋台のこと? まぁ、最近は人間を取って喰うのも楽じゃないしね」

 微苦笑を浮かべながら、ミスティアは次々と鰻をひっくり返しては手製のたれを塗っていく。
 本来は焼き鳥屋台撲滅の一環で始めたものだが、いつの間にかこちらの本業となってしまい、
 そこらの職人よりも腕が良くなってしまった現状は、ミスティア本人も考えていなかったことなのだろう。

「そう? 私はさっき食べられたけど」
「ルーミアは節操なさ過ぎ。あんまり食べ過ぎてると、退治されるわよ?」

 まだ生肉への未練が残っているのか、骨をしゃぶっているルーミアにリグルが釘を刺す。
 このルーミアという妖怪は、ミスティアと違って妖怪としての本分を謳歌している。

「面白いね、君たちは」
「何よ、唐突に」
「だって、色んな生き方をしている妖怪や、妖精まで一緒に居てとても楽しそうにしているんだもの」

 バカにされているとでも感じたのか、怪訝な視線で尋ねてくるリグルにナズーリンはそう答えた。
 何も悪気があって笑ったわけじゃない。
 こういう奴等も居るんだなぁと、そんなことを考えていたら自然と口元が緩んでいた、ただそれだけ。

 小さき賢将と呼ばれるだけあって、高位の妖怪達とも巧く渡り歩いてきたナズーリンにとって、
 こういう連中との触れあいは逆に新鮮なものとして感じられる。
 レベルが低いとか、そう思ってなかったと言えば嘘になるが、こうして直に付き合ってみると、なかなかどうして面白い。
 自分が能力や配下を活かしてダウザーの仕事をしながら、居場所を築いているのと同様に、
 彼女達もそれぞれの生き方で、この幻想郷の一員として暮らしている。
 それを改めて知ったことが、何故か無性に笑えることとしてナズーリンの琴線に触れたのだ。

「闇に浮かんだ赤提灯♪ そこ行くあなたも寄っといで〜♪
 陽気な妖怪集まってぇ、飲めや歌えの大騒ぎ〜♪」
「なんだい、その歌」
「ミスティアの即興歌だよ。今日は思わぬお客の来店で機嫌が良いみたい」

 リグルの解説に、ナズーリンはふぅんと相槌を打つ。
 際だって上手いというわけではないが、今の自分達にはぴったりの歌だ。

「よーしっ、あたいも歌うわよ〜っ」
「私も〜」

 いつの間にか、また酒に手を付けて酔いどれているチルノに、悪のりが好きなルーミアがそれに続く。
 ミスティアのワンマンショーは、あっという間に不協和音が混じり出す。
 それでも不快にならないのは、自分にも酒が回っているからか。
 それとも……

「さてと、そろそろ私はおいとまするよ」
「え? もう? もう少しゆっくりしていっても良いんじゃないの」

 席を立つナズーリンに、リグルが引き留めの言葉を掛けるが、ナズーリンは首を横に振る。
 別にチルノ達の歌が鬱陶しくなったわけではない。

「私にはやることがあるからね。ゆっくりしたいのは山々だけど、それは一仕事終えてからにするよ」
「そっか、それなら仕方ないか」

 そう言って頷くリグルだったが、その笑顔からはどこか寂しさを感じる。
 そんな顔をされたら、まるで今生の別れみたいで行きづらい。
 だからナズーリンは、照れ臭さを隠すように背を向けてから告げた。

「……楽しかったよ、ありがとう」

 ナズーリンの代わりに、尾の籠から顔を覗かせた子ネズミが手を振る。
 分かり易すぎる照れ隠しにリグルも思わず苦笑を漏らした。

「ここの屋台のことが知りたかったら、雀に聞くと良いよ。どこで営業するかすぐに教えてくれるから」
「わかった。それじゃあ……また」
「うん、またね」

 リグルの見送りと、他の三人の陽気な歌声を背中に受けて、ナズーリンは丑三つ時の空へと舞い上がった。
 その表情は屋台の妖怪達には見えなかったが、月を見上げる顔はとても嬉しそうな笑顔に彩られていた。


   ***


「あれ、そういえば……」

 ナズーリンが去ってしばらく経った屋台では、ようやくバカ騒ぎも落ち着きを取り戻し、
 客の三人は思い思いに食べたり話したりを楽しんでいた。
 その中で、チルノは何かを思い出したように立ち上がると、ポケットをまさぐり始めた。

「コレ、なずりんに渡すの忘れてたわ」
「? なんだっけ、宝がどうのっていうのは聞こえたけど」
「大事なモノなんだよね……多分」

 すでにここには居ない丸耳の小柄な背丈――ここにいる連中とは大差ない――が全員の頭に思い浮かぶ。
 口調や態度から頭は良いのだということをアピールしているようだったが、案外ネズミはネズミなのかもしれない。
 『類は友を呼ぶ』とはよく言ったものだが、はてさて……。

「んー、でもまた遊びに来そうだし、その時に渡してあげれば良いんじゃないかな」
「チルノのことだから、それまでに忘れてるか、無くしてそうだけどね〜」
「何をぅっ!!」
「またルーミアはそういうことを言う! チルノもすぐにカッとしないのっ」



 騒がしい妖怪達の夜はまだまだ続いていくようだ。



《終幕》


☆後書☆

 星蓮船をやってない方には、「?」と思われるかもしれません。
 でも、ごめんよ! どうしても1面ボスが可愛すぎて書きたかったんです!
 なずりん可愛いよ可愛いよなずりん!!
 あの背格好も良いんですが、あの小ずる賢そうな性格がなんとも……w
 でも、きっとどこか抜けているんだと思うよっ。

 ずる賢い性格とは言ってても、バカな連中相手なら騙す気にもならないとかね。
 そんな妄想が広がリングなわけですよ。
 いゃあ、星蓮船は付喪神の妖怪も出てくるし、完成版が楽しみですね。

 

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